(アリス)6
こんもりとした丘の陰で足を止めた。
その反対側を騎馬の一隊が駆け抜けた。
やはり国軍の騎兵隊であった。
二十数騎。
こちらには気付かず、ただひたすら現場に急いでいた。
現場からは、かなり距離を置いた。
こちらまで飛び火して来る事はない筈だ。
腰を落ち着けることにした。
見回すと辺りは草ぼうぼうで、落ち着こうにも落ち着けない。
草を刈り取る必要がある。
でも手作業は面倒臭い。
そこで試すことにした。
駄目元、失敗してもダメージはない。
土魔法を発動した。
イメージは子供でも安心して遊べる空き地。
辺り一帯を魔素に変換することから始めた。
範囲内の地表が陽炎のように揺らめいた。
そして雑草が消え、地表の凹凸も消え、真っ平らになった。
簡単に住宅地にして良し、畑にして良しの空き地が出現した。
さらに続けた。
土魔法に水魔法と火魔法を連携させた。
イメージは陶磁器造り。
周辺魔素を変換。
足りなければ集めて変換。
まずは陶石、粉砕して錬り、粘土化、山にして積み上げた。
俺の背丈よりも少し高いくらい。
造りすぎたかな、足りないよりは良いか。
造形を急ごう。
最終的には人間には耐えられぬ高温になるが、
ダンジョンマスターとの戦いでのマグマ経験が生きた。
1500度近い焼成温度を簡単に叩き出した。
これは魔法なので発動した当人にも周辺にも影響は出ない。
タイルをイメージ。
粘土の山を切り取りながら、空き地に十畳サイズの厚いタイルを張った。
その上にテーブルを一つ。
椅子も一つ。
テーブルの上には妖精用の小さな小さな柄杓、ナイフ、フォーク。
それでも粘土は半分近くが余った。
そこでそのまま渦巻き状の山にした。
初めてにしては出来が良い。
イメージが的確だったせいか、思った以上の成果を得た。
「新たなスキルを獲得しました。鍛冶☆」脳内モニターに文字。
予想していなかっただけに、まぁ、ラッキー。
EPの残量は111。
経験からすると回復が早いので、まだまだ余裕がある。
虚空の収納スペースから昼飯を取り出した。
昨日のうちに買っておいた物だ。
収納した時点の鮮度を保っているので食中毒の心配はない。
それに収納した時点で病原菌や錆び、汚れも除去される。
そればかりではない。
短剣等の金属製品に至っては自動的に修復もなされ、
取り出した際には新品同様になる。
まさに至れり尽くせり。
妖精はさっきから言葉がない。
目の前に出現した物をキョロキョロ見回すだけ。
そんなに魔法が珍しいのだろうか。
妖精魔法の使い手にそれはないと思うのだが。
そんな妖精だが、俺がテーブルに昼飯を並べると目を剥いた。
サンドイッチ、焼き肉、コーンスープ、オレンジジュース、水。
珍しい昼飯ではないが、こそばゆい。
収納スペースからナイフを取り出し、妖精が食べやすいように、
サンドイッチの一つを切り分けた。
焼き肉も一枚を切り分けた。
「腹が減ってるだろう。
遠慮せずに食べてもいいよ。
飲み物は柄杓で汲み取れば良いからね」
腹が減ってたのでサンドイッチを掴んで椅子に腰掛けた。
すると妖精がテーブルに下りて来て遠慮気味に尋ねてきた。
「アンタ、何者」
「見たまんま」
「・・・フン」柄杓を持ち上げ、コップのオレンジジュースを汲み上げた。
俺は妖精の保護者ではない。
無視して食べ始めた。
本当に腹が減っているのだ。
妖精が真正面から俺の食べる様をジッと見ていた。
「どうしたの、味が合わない・・・」
意を決したように妖精が応じた。
「いや、味は、問題ない、けどさ、お酒は、ない、と思って」
「えっ」
「お酒」
俺は被っていたフードを外した。
「子供にお酒をねだっちゃ駄目だよ」
仰け反り、目を丸くする妖精。
「子供、本当だ。
アンタ、子供だった。私、子供に、助けられた」
俺は焼き肉に手を伸ばした。
魔物の肉なんだろうが、残留魔素が味噌タレとよく絡んでいて、
値段以上に美味しい。
コーンスープは値段相応の味、可もなし不可もなし。
水は俺特製、光の魔法で生み出した魔水。
だからという訳ではないが美味い。
腹を満たした俺は妖精に尋ねた。
「妖精魔法の威力は凄かったね。
あれだけあれば、そこいらの人間の魔法使いでは敵わないだろう。
なのに、どうして人間に捕まったの」
恥ずかしそうに俯く妖精。
話し難い訳があるのだろう。
何が・・・。
あっ、思い出した。
さっきの会話にヒントがあった。
「そうか、酒か、酒だね」
途端、小さな手足どころか、羽根までジタバタ動かして慌てる妖精。
「違う、違う。
けっして、お酒に、釣られた、訳じゃ、ないからね。
勘違い、しないで、ね。
・・・。
良い人だと、思ったの、よ。
森を初めて、出て、出会った、旅してる老人がさ、
話し好きで、旅の出来事、色々話してくれ、私を笑わせた。
食事も、振る舞ってくれて、ついでに、お酒も。
・・・途中から、記憶ないの。
気付いたら、暗いところ、閉じ込められていた。
魔法が封じられ、話し相手も、いない暗くて、狭いところ。
妖精は魔素さえあれば、生きていられる、と分かっているせいか、
一度もあそこ、開けてくれなかった。
・・・。
それを助けてくれたの、アンタ。
大、大感謝、してる」喋りが少しずつ滑らかになってきた。
そして、喋り終えるや、俺の首に抱きついて来た。
酒で大失敗したのに、助けられて直ぐにお酒をねだるとは、
懲りない妖精だ。
顎が邪魔して妖精の顔が見えない。
俺は魔法、風を試してみることにした。
対象は妖精。
横から吹き付けて、吹き飛ばすイメージ。
まずそよ風を吹かせた。
後は簡単、次第に強めるだけ。
戸惑う妖精。
俺の仕業と気付いたのだろう。
「何するの」激しく抵抗して首にしがみつく。
「顎が邪魔して君が見えないだろう」
「そうなの、気が、付かなかった。悪い、悪い」
「飛ばすよ」
俺は一気に吹き飛ばした。
妖精は遊びと思ったらしい。
空中を回転しながらケタケタ笑う。
「あっはっはっは、面白い」途中から優雅なスケーターを思わせる動き。
スーッと空中を滑り、八の字を描くようにして俺の鼻の前で止まった。
小憎らしげな表情で俺を見上げた。
「ふっ、本当に、ありがとうね」感謝してるのか、してないのか。
「新たなスキルを獲得しました。風魔法☆」脳内モニターに文字。




