(アリス)5
クランクリンのうち一匹が槍、二匹は短剣で飛び出して来た。
勢いのまま襲って来た。
奇襲成功を信じて疑わぬ表情。
えっ、妖精がっ・・・。
驚き、空中で固まっていた。
気配察知スキルは、探知スキルは・・・。
持ってないのか、働かせてないのか、仕様のない奴。
先頭の槍が妖精に突き出されようとした。
俺は庇うように前に出、魔法使いの杖を槍に見立てて、
突き出された槍の邪魔をするように先端を絡ませ、
反転させて弾き飛ばし、無防備になったところを打ち据えた。
残った二匹が短剣を振り翳して襲って来たが、
これまた杖で短剣を弾き飛ばして打ち据えた。
俺の実力と言うより身体強化スキルの成果だ。
俺は妖精の元に戻った。
すると妖精が恥ずかしそうに言う。
「よ、予想して、なかった、のよ」とたどたどしい言い訳。
人間の言葉が喋れるようだが、慣れてない様子。
後方から人の悲鳴が上がった。
気絶していた悪党の一人が、
魔物に噛み付かれた痛みで意識を取り戻した。
何も知らずに逝ければ幸せだったろうに。
俺は悪党を無視して妖精に尋ねた。
「探知とか察知は出来ないの」
「察知は、で、出来る。
気配察知、戦いながら、だと難しい」
「脳筋か」
「はあ・・・、脳筋って・・・」戸惑いの表情。
「鍛えすぎて頭の中身まで筋肉になってしまったという意味だよ」
妖精の表情が憤然一色に染まった。
「アンタ、私、を馬鹿に、してるの」
ユーモア果敢に言ったつもりが、逆に反発を招いてしまった。
そこで取り敢えず素直に謝った。
「ゴメンゴメン」
妖精が立ち位置を変え、少し上から俺を見下ろした。
「私、助けてくれた、大目、見てあげる」
見上げると、小さくても眩しい女体。
思わず目を背けた。
「何か着る物は持ってないの」
妖精は自分の姿に気付いても恥じらい一つしない。
「私、気にしない、アンタが気になる、何とかする」
間髪入れずに妖精はその場で大きくバク宙した。
瞬間、光が全身を包んだ。
元の体勢に戻った時には、あ~らあら不思議。
ブラジャーとショトパンツ姿になっていた。
「亜空間の収納庫から取り出しました」脳内モニターに文字。
巧みな着衣技に感心し、マジマジと見詰めた。
三対の六枚羽根を考慮すれば、
上着はブラジャーしかないのかも知れない。
そんな俺に向けて妖精が微笑む。
「小さな私、裸が気になる、人間の男、獣よねぇ」
探知スキルと鑑定スキルは連携して常時稼働中。
それで分かった懸念を伝えた。
「ここから離れようか。
騎馬の群がこちらに向かって急行中だ。
おそらく国都の外を巡回中の国軍部隊だろう」
今日は特別な日なので手厳しい措置に出るだろう。
関わりたくないから、ここは逃げの一手だ。
明らかに不満げな様子の妖精。
捕まっていた鬱憤を一気に晴らすという気持ちがありあり。
俺は言葉を選んだ。
「気持ちは分かるよ。
でもね、巡回中の部隊には魔法使いが混じっていることもあるんだよ。
万が一、見つかったらどうするの。
また捕まってしまうかも知れないよ」
空中で再び固まる妖精。
それを見て俺は妖精の脳味噌の容量を疑った。
まあ、俺の拳よりも小さな頭だ。
脳筋以前に鳥並みの脳味噌なのかも知れない。
俺は執拗に説得するほどのお人好しではない。
妖精を残してその場から離れた。
国軍部隊とは鉢合わせしない細い獣道を選び、ゆるく駆けた。
「ま、待ってよー」慌てて妖精が追い掛けて来た。
そんな妖精に足を止め、
「安全な所まで急ぐから肩に乗りなよ」座席として貸し出した。
身体強化の真骨頂、韋駄天、速度違反、風を切る猛スピード。
全力で疾走しながら膝関節の剛柔に注意を払い、
乗客の快適性をも追求した。
肩で妖精が奇声を上げた。
「うっ、ひょっひょー、すっごい、ふぁっ、ふぁー」
途中、魔物と遭遇した。
すると耳元で妖精が小さく呟いた。
分からぬ言葉。
「妖精の古語です」脳内モニターに文字。
俺は妖精古語に心当たりはない。
ところが脳内モニターは違った。
分かるから妖精の古語だと教えてくれたのだろう。
脳内モニターの仕組みが分からない。
探知スキルと鑑定スキルもそうだが、
田舎に居たときに比べると、こちらに来てからは著しく活性化し、
精度を増したように思う。
まるで人間のように学習し、育っている。
何かがある、何かが・・・。
脳内モニターに文字。
「魔素は基本、魔法の原材料です。
ですが、希にデータを含有している物もあるのです。
その形は、本から落丁散逸したページが風に飛ばされ、
落ち葉のように舞い散っているような感じです。
残念な事に田舎の戸倉村は魔素が少なかったので、
一度も遭遇したことはありません。
が、ここ国都は戸倉村と違って魔素が多いのです。
それらを拾い上げました。
落ち穂拾いです。
お陰で得られるデータが多くなりました。
多種多様でバラエティーに富んでいます。
バラバラに得られたデータをそれなりに分類し、蓄積。
ある程度になったら推測して仮説ながら組み立て、考察。
それらを何千何万回も繰り返して真相に近付く作業をしています。
活性化はそれらから得られた結果です」
知らなかった。
自分の脳内でそんな小難しい作業が行われていたなんて。
熱出すわぁー。
ほんとうに、ほんとうに、ご苦労さん。
んっ、当人が知らないところで作業、それはどうなんだろう。
乗っ取り、それとも居候。
まあ、器である自分を害する事はないだろう。
結果を出してるから目を瞑るか。
それにしても魔素が魔法の原材料であるとか、
ましてやデータを含有している物もあるなんて、誰が想像するだろう。
ここで教えて貰って良かった。
妖精魔法の初動を感じ取った。
詠唱、揺らぐ空気、ウィンドカッター。
詠唱を耳で捉え、その姿を目でも捉えた。
濃い透明な塊が狙い違わず魔物の首へ飛んで行く。
さっきも見たが小さな身体には、そぐわない段違いの破壊力。
そして破裂を伴わぬ鋭い切れ味。
豆腐でも切り落とすかのように魔物の首を斬り落とした。
勢いよく噴き出す血飛沫。
俺は濡れぬように飛び越えて疾走を続けた。
妖精は振り落とされぬように俺の首に両手を回し、しがみついた。
「おもしろい、おもしろい、もっと、はやく、もっと、はやく」
この妖精、脳筋だけではなく、お気楽な性格のようだ。
「妖精魔法の風、分析が終わりました。
人間の風魔法に変換、EPで再現可能です」脳内モニターに文字。
ありがたい。
予想していなかっただけに、ありがたい。
これでゲットしたも同然。
俺は妖精を鑑定した。
「名前、なし。
種別、妖精。
年齢、18才。
性別、女。
住所、ペリローズの森。
職業、なし。
ランク、C。
HP、125。
MP、125。
スキル、妖精魔法☆☆。
ユニークスキル、異種言語理解☆☆、収納庫☆☆」
異種言語理解☆☆スキルを持っていた。
どんな異種がいるのか。
ドラゴン・・・、魔族・・・。
それにしても慣れてないのか、たどたどしい喋り。




