(戸倉村)8
獣人が二手に分かれて解体を開始した。
まず首を斬り落とし、血を抜いた。
血が完全に抜けるのを待ってから四肢を切り放ち、
腹を割いて内臓を取り出した。
ぞろぞろと出てくる長い内臓が地面にぶちまけられた。
その端っこに卵の形に似ていた物がくっついていた。
黒い卵がそれ、魔卵だ。
獣人は魔卵を大事に扱った。
内臓から切り放つと、まるで果実であるかのように取り上げ、
血を拭った。
掌から、はみ出る大きさ。
それを見た者達は満足そうな表情で頷いた。
高く売れるサイズ、と顔に描いてあった。
魔物だからといって、
全ての魔物が体内に魔卵を持つ分けではない。
理由は分からないが持つ魔物がいれば、持たない魔物もいた。
籤と同じで当たり外れがあった。
今回の当たりは一頭のみ。
魔卵の大きさにしても様々。
両手で持てないサイズの物から、指先で摘める物まで。
魔物の大きさには比例しない。
小さな魔物が大きな魔卵を持っていても珍しくはなかった。
人も魔素を持っているが、どういう分けか魔卵は持たない。
残酷だが、昔から、戦いで勝った方が、
討ち取った魔法使いの身体を解体して、魔卵の回収に努めた。
が、一度も見つけられなかった。
今では、人は魔卵は持たない、と認識されるようになり、
解体されることもなくなった。
俺は魔卵の売却に思いを馳せた。
俺は三男なので、いつまでもこの村に居られる訳ではない。
成人すれば、いずれ出て行かざるを得なくなる。
ただの村人の次男以下は新たに田畑を開墾すれば、
分家として認められて村人の一員になれた。
ところが村長の家は事情が違った。
嫡男に財産・権力を集中する必要があるので、
諍いを回避する為に嫡男以外を外に出した。
勿論、無一文で放り出す分けではない。
独立し易いように高等教育を受けさせ、
仕官先・奉公先・養子先を探しやり、可能な限りの援助をした。
俺は冒険者を夢見ていた。
魔物狩りに可能性を感じていた。
魔物を倒せば肉が食える。魔卵は売ればいい。無駄がない。
村には一軒の食堂兼飲み屋兼商店の旅籠がある。
そこで魔卵の売買価格を聞こう、と頭の片隅にメモした。
油断していた。
俺は後ろから捕らえられた。
ヘッドロック。
匂いでケイトと分かった。
「こんなとこに居たのね」耳元に小声で囁かれた。
彼女は怒っていた。
ググッと締め上げられた。
最近、父が守り役の彼女に体罰を許可したので、今日も容赦がない。
俺は小声で、「ごめん、ごめん」と謝るので精一杯。
「まったく」パシッと頭を叩かれて解放された。
彼女は粘性ではない。
向こうに見える皆に聞こえぬように小言。
「叩かれないと分からないの。
何時も言ってるでしょう。
ほんとうに、何時もいつも。
何かするときは、私に声をかけなさいって」
「はっはっは」
「はっはっはじゃない」彼女は手荒く俺の肩を掴み、傍に引き寄せ、
呆れたような顔で俺を見て、
「ねえ、ダン様、魔物の解体を見ていて面白いの」と尋ねた。
「面白いよ。初めてだよ。ケイトは」
「何度か見ているわ」
「それじゃ、ケイトも解体が出来るの」
「出来るわ」
「魔物狩りは」
「恐かったけど一度だけ。小さな物を射たことがあるわ」
「へえ、凄い。その時に魔卵は取れたの」
「なかった」
「残念だったね」
アンソニー佐藤は魔物・ヘルハウンドの首を手土産に、
領都・名古屋に上った。
昔なら、ただの村長なので名古屋では旅籠泊まりだった。
ところが今は身分が違った。
正式に尾張伯爵家の武士に任じられたので、
名古屋に屋敷を構えていた。
その屋敷で二人の息子が待っていた。
長男のトーマスと次男のカイルだ。
二人とも十一才になると領都の幼年学校に入学させた。
寮住まいが決まりであったが、特別に許可を得て屋敷に戻っていた。
田舎者であった二人は、すっかり都に馴染んでいた。
着る物は当然、髪型から履き物まで。
「父上、お待ちしていました」
「拙者もです」
言葉遣いだけでなく、礼儀作法も身に付けていた。
アンソニーが問うた。
「どうした。父が恋しくて待っていたのか」
「まさか父上。
ヘルハウンドを見たいだけですよ」
「そうです。
この辺りでは珍しいそうですからね。
伯爵家に持って行かれる前に見せてもらいます」
先触れを出していたので、伯爵家よりの返事も届いていた。
魔物の首改め日時は翌日とのこと。
明日午前に名古屋城正門前の奉行所、との指示があった。