(幼年学校)21
俺の耳に国都で上がる歓声が届いた。
かなり距離があるのだが、しっかり聞こえて来た。
娯楽が少ない異世界だけに、その熱狂振りが想像できた。
凱旋パレードを都民こぞって歓迎しているに違いない。
今日は学校が休みなので、
本来なら冒険者パーティ「プリン・プリン」の活動日。
薬草採取に取り組む日。
なのだが、本日は休日。
冒険者ギルドも休日という訳ではない。
あくまでも「プリン・プリン」内部の問題。
というのは、凱旋パレード目当てに隣領からも人々が押し寄せるので、
今日は商人達にとっては収益を上げる絶好の機会。
逃す商人はいない。
通常の店舗の他に屋台露店を幾つも出し、
販売員不足は臨時で雇う冒険者で補うという有様。
その人手不足から、スライムの手も借りたいという言葉も生まれた。
影響は商家生まれである女児三人にも及んだ。
三人は親にパーティが優先とは口が裂けても言えず、
家事手伝いをすることになった。
「ごめんね」とキャロル達が申し訳なさそうに俺に頭を下げた。
俺にとっては、これ幸いだった。
一人になって魔法の練習をする時間が確保できたからだ。
「謝ることじゃないよ。
なによりも実家の商売が優先だよ」笑って答えた。
早朝、俺はウキウキで外郭南門に向かった。
何時もの休日だと東門冒険者ギルドに立ち寄り、
そのまま東門から外に出るのが常だったが、今回は俺一人。
冒険者ギルドに寄る用事もない。
学校に近い外郭南門から外に出た。
その際に横丁から表通りに溢れ出る人波には驚かされた。
ほとんどが早足か駆け足。
みんながみんな、凱旋パレードを家族や仲間と共に見ようと、
早朝から場所取りに奔走する騒ぎになっていた。
もしかすると前夜から場所取りしていた者もいるかも知れない。
そんな騒ぎを横目に、南門から外に出た俺は巨椋湖に向かった。
国都の東西北の三方は鬱蒼とした山々、
南は巨椋湖を中心とした湿原帯、自然の要害に囲まれていた。
三河大湿原ほどではないが、巨椋湿原と呼ばれるほどに広く、
大小様々な河川も走っていた。
俺はそちらに向かって歩いた。
探知スキルで周辺に人がいないことを確認、歩きながら着替えた。
カーキ色のローブからグレー色のローブに。
いつものようにズタ袋と虚空を関連付けしているから、
出し入れは簡単に済んだ。
このグレー色のローブは古着市で単独行動用に買い求めた物。
勿論、パーテイ仲間には内緒だ。
フードを深く被って顔を隠した。
こうすれば成人並みの身長が強調され、児童とは見破れない筈だ。
実際、何組かの冒険者パーティと擦れ違ったが、
一度として不審げな視線を向けられることはなかった。
道から外れて獣道、川岸の藪の陰に入った。
さっそく足下の草地に穴を掘った。
スコップではない。
魔法である。
分析を終えたものの、試す機会がなかった土魔法を発動した。
ゴミを埋める穴をイメージして、それなりの穴にした。
鑑定スキルで周囲の魔素の動きも観測した。
穴掘りと同時に魔素が増えた。
魔法で除去された土が魔素に変換されたと再確認。
「新たなスキルを獲得しました。土魔法☆」脳内モニターに文字。
次なるイメージは土弾、アースボール。
空中に浮き上がるように出現した拳ほどの大きさのアースボールを、
前方の川に撃ち込んだ。
「ボッ」間髪入れず飛沫を上げて水中に消えて行く。
その速度、まるで光、半端ない。
突入した衝撃か、威力か、数匹の魚が腹を見せて浮き上がってきた。
魚獲りに使える。
ライトボールやファイアーボールも再確認。
最後にはウォーターボールを放った。
気付くと大量の川魚が腹を見せて下流に流れて行く。
無用の殺生、もったいない。
川面で水飛沫が上がり、それなりの音がした。
誰の注意も引かなかったようで、駆けて来る人間はいない。
魔法の練習を続けた。
光学迷彩。
一時的に姿を隠すには便利もの。
だけど獣の鼻からは逃れられない。
体臭だけは誤魔化せない。
実家で飼っている犬、五郎の鼻も誤魔化せなかった。
必ず見つかって追いかけられた。
それにスキルを発動したままで攻撃を行うと、
スキルが自動的に解けてしまう。
物理攻撃だけでなく、魔法攻撃でも効果を失った。
幸い俺にはダンジョンマスターから得た光体があった。
光体を関連付けしたお陰で☆☆は二つ、超便利。
光体を関連付けした光学迷彩スキルを発動すると、
五郎だけでなく、他の獣の鼻を以てしても発見される事はなかった。
消臭効果があった。
攻撃も可能だった。
物理攻撃だけでなく魔法攻撃でもスキルが解ける事はなかった。
暗殺に最も適しているとも言えた。
もっとも暗殺に利用するつもりはない。
安易に走ると、ダークな世界に陥りそうで恐いからだ。
なにせ俺は小心者。
ドキドキが過ぎると心臓に悪い。
光学迷彩を発動した。
まず光体が先に来た。
眩しいばかりの光が俺は包む。
それも一瞬。
直ぐに光学迷彩の効果で光も薄れ、透明になった。
俺は川に入った。
足は不自然にも濡れない。
そのまま身体を水面に投げ出し、潜った。
それでも濡れない。
光学迷彩も解けない。
呼吸も自由に出来た。
光体が俺を水から隔離した。
プロパティによると光体は使用者の生存環境を維持するもの。
まるで柔らかいカプセル。
願ってもないスキルを得た。
俺は泳ぐ必要がないので川の流れに身を任せた。
光体を身に纏っている限り溺れないのだ。
探知スキルと鑑定スキルが連携して魔物の存在を教えてくれた。
スライム。
田舎の村の周辺は魔素が少ない為、
遭遇する機会に恵まれなかったが、今それが川の中にいた。
俺を囲むように沢山、ウジャウジャといた。
俺の存在には気付かないものの、不自然さは感じているようで、
俺とは距離を置いていた。
「多種多彩なスライムがいます。
川魚や亀、蟹、水中の汚物を餌にしているようです。
低ランクなので危険はありません」脳内モニターに文字。
半透明なスライムばかりなので、全部が同一種に見えて仕方ない。
そられのうち数匹が俺と同じように川の流れに身を任せていた。
腹一杯になったので惰眠を貪っているのか・・・、
それとも死んでいるのか・・・、それは分からない。
突然脳内に警報アラームが鳴り響いた。
「前方に多数の魔物や魚類がいます」脳内モニターに文字。
巨椋湖に近付いたのだろう。
3D表示に切り替わった。
水底にへばり付いている物や泳いでいる物等々が、
茶色や黄色の点滅でその存在が示された。
水棲魔物に魚類。
大型魚類の姿は見られない。
おそらくだが、水棲魔物の餌になったのだろう。
残念なお知らせが来た。
「フロッグレイドに接近しています」脳内モニターに文字。
このまま流されて行くとフロッグレイドか。




