(幼年学校)16
俺の左手は愛用のM字型複合弓を掴んでいたが、
右手に矢はなかった。
これから取り出しても、完全に手遅れ。
半拍遅れで斬られてしまう。
となると、打つ手は限られた。
防御。
水魔法。
風呂で散々練習した水盾、ウォーターシールドを発動した。
初めての実戦投入だが、造るのには自信があった。
問題は強度のみ。
万一に備えて盾一枚につきEPから3を投入。
強度に2、弾力性に1。
それを三枚重ねして9を消費した。
前はイメージに加えて掌の所作でEPを操作していたが、
今は掌を省いてイメージのみ。
探知スキルや鑑定スキルと同じ様に自在に操作できた。
ゴブリンとの間に瞬時にウォーターシールドを置いた。
水盾だからと言っても物は魔法、その姿形は人の目には見えない。
勿論、ゴブリンにも。
空間が微かに歪む程度。
手応えは当人にしか伝わらない。
長剣が迫って来た。
俺との中間で、「パキーン」と乾いた軽い音。
長剣が大きく弾き返された。
ウォーターシールド一枚目を鑑定した。
激しい打撃を受けた筈なのに、ダメージはない。
ゴブリンが想定外の出来事にバランスを崩して着地に失敗。
盾陣の内側に落ち、長剣を手放した。
それでも起き上がると、直ぐに態勢を立て直した。
歯を剥いて俺を威嚇しながら長剣を拾い上げた。
ゴブリンには俺しか見えていないらしい。
生憎、馬止めの盾に囲まれた内側には女児三人がいた。
その三人が黙って見ている訳がない。
加勢。
最初に槍が突き出された。
「オッシャー」モニカだ。
背中から入った穂先が腹から顔を覗かせた。
驚愕の表情でゴブリンが穂先を見た。
短剣が叩き込まれた。
「エイヤッ」マーリンだ。
問答無用で首を斬り落とそうとした。
一撃目は失敗した。
マーリンは諦めない。
二度三度と斬り付けた。
四散する血飛沫。
すでにゴブリンは意識を手放していた。
鬼の如き表情のマーリン、四撃目で首を落とした。
出番のなくなったキャロルは新たな敵影を求めた。
盾と盾の隙間から外を警戒した。
見つけた。
最後の一匹。
こちらに背を向け、50メートルほど先を逃げて行く。
先の藪を目指している気配。
キャロルは弓を構えた。
矢を番えたと思いきや、簡単に放った。
無造作に放たれた矢が緩い放物線を描きながら、
物の見事に相手の背中に喰い込む。
藪に首だけ突っ込むゴブリン。
女児三人は精神的にも肉体的にも疲れている筈なのに、
弱音は一切吐かない。
無駄口も利かない。
黙ってそれぞれの持ち場に戻り、警戒を維持し続けた。
俺は改めて三人に感心した。
意識が高い。
とても平民の子とは思えない。
俺は探知スキルで周辺を探った。
境目辺りに魔物や獣はいるが、こちらに向かって来る奴はいない。
と、俺達の後方に緑色の点滅、人。
一人、二人、三人。
しばらく人の気配が途絶えていたのだが、ここにきて人とは有り難い。
人の気配が増えれば魔物も接近自体を控えるだろう。
その三人なんだが、何だか・・・走って来る様子。
何かに追われている気配はない。
何を急いでいるのだろう。
遠目にだが、三人の様子が見て取れた。
魔法使いの杖を肩に担ぎ、血相を変えてこちらに駆けて来る。
俺はズームアップした。
お揃いの灰色のローブを着用した成人女性が三人。
見覚えがある顔ばかり。
シンシアにルース、シビル。
キャロル達の家庭教師三人ではないか。
それも杖から分かるように、魔法を教える家庭教師。
都合良く近くに居合わせ、
こちらの様子を見て助けに駆け付けたのか・・・。
俺は女児三人に尋ねた。
「後ろを見て。
ようく見て。
こちらに駆け付けて来るのは家庭教師だろう。
どうしてこの辺りにいるんだろうね」
三人からの答えは返ってこない。
それでも、それぞれが喜んでいるのは分かった。
家庭教師三人が近付いて来るのに従い、
女児三人の身体から力が抜けて行くのが丸分かり。
「迎えに出ても良いよ」
俺の言葉で女児三人が武器を手放し、
馬止めの盾の陣から抜け出した。
それぞれが自分の家庭教師の元に駆けて行く。
キャロルはシンシア。
モニカはルース。
マーリンはシビル。
それぞれの胸元に飛び込む。
シンシアは水魔法の使い手。
ルースは火魔法の使い手。
シビルは土魔法の使い手。
国軍の元士官でもあった。
キャロル達三人が上の学校に進むには魔法のスキルが有利とか。
そこで魔力の少ない三人が取ったのは魔道具で魔力を増力し、
スキルを得る方法。
彼女等は生まれながらの先天的な魔法使いではないので、
後天的な、所謂、野良の魔法使いに成る道を選んだ。
幼年学校に進むには一芸試験が有利として、
道場に通って武芸に励んだ三人。
その上に進むには魔法スキルが有利と判断しての家庭教師。
実に計算高い。
何時までも彼女達とは仲間でありたいもの。
それぞれの家庭教師の胸元からすすり泣きが聞こえるが、
聞こえなかったことにしよう。




