(幼年学校)11
初対面で馬鹿なのと怒鳴られた。
馬鹿認定なのか。
前世なら、馬鹿と言う方が馬鹿なのと返すのが、人付き合いなのだが、
相手が貴族の娘なので迂闊な言葉は控えた。
自重、自重。
適切な言葉を探していると、焦れたパティー毛利に詰め寄られた。
「四日目の授業が終わったら各クラスの委員は第一クラスに集合、
と伝えてあるでしょう」
伝えてあると彼女は言うが、俺は聞いていない。
思わず自分の記憶を疑った。
パティー毛利は後ろを振り向いた。
背の高い生徒に念押しした。
「貴男、ちゃんと伝えたのでしょう」
「はい、確かに」
その生徒は俺に視線を向けた。
「これだから平民は・・・。
白色発光合格でも所詮、平民は平民。
これでは先々が思い遣られますね」
どうやら、この生徒が俺に伝えたらしい。
でも俺は聞いた覚えがない。
生徒の顔にも見覚えがない。
パティー毛利同様に初対面だ。
もしかして俺・・・、若年性アルツハイマー。
すると脳内モニターに文字。
「初対面です」
俺の記憶はあれだけど、脳内モニターの記憶なら信頼に足る。
俺は男子生徒に尋ねた。
「貴男は誰ですか。
初対面なので名前も知らないのですが」
男子生徒が鼻で笑う。
「ふん。
平民は忘れっぽいようだね。
僕は寛大だから、もう一度、自己紹介をしてあげよう。
ボブ三好。
偉大な三好侯爵家の一員だ。
一年九組の委員を仰せつかっているので、
隣のクラスの君に伝言をした。忘れたのかい」いけしゃあしゃあと言う。
俺はあ然とした。
ボブ三好の表情からも、言葉の端々からも、悪意が全く感じ取れない。
演技しているようにも見えない。
虚言癖・・・。
俺はボブ三好を諦めてパティー毛利に話し掛けた。
「貴女同様、ボブ三好殿とも初対面です。
信じる、信じないは貴女に任せます」
パティー毛利の目が点になった。
彼女の連れの者達も驚いたようで、仲間同士の耳打ちが始まった。
心当たりがあるのだろう。
俺は街中での噂の一つを思い出した。
毛利侯爵家と三好侯爵家の仲違いだ。
両家は足利王国を支える重鎮として評定衆に席を得ているが、
実際には互いの足を引っ張り合っているとか。
本家同士で戦火を交える事は滅多にないが、
地方で互いの分家が衝突する事は珍しくないらしい。
俺は大人の争いが子供の世界にも影響しているのかと疑った。
まさかとは思うが、なきにしもあらず。
俺とボブ三好を見比べていたパティー毛利だが、答えが出たらしい。
落ち着いた声音で俺に問う。
「今日が初対面なのよね」
「そうです。
俺には貴女に嘘をつく理由がない」
するとボブ三好が割って入った。
「僕が嘘をついているとでも」
パティー毛利はボブ三好を無視した。
「貴男を信じましょう」と俺に言う。
それでもボブ三好の表情は変わらない。
俺を一瞥してからパティー毛利に言う。
「平民を甘やかすと付け上がるばかりですよ」
言うだけ言うと平然と踵を返した。
パティー毛利が連れていた者達に動揺が走った。
彼等彼女等は狼狽してパティー毛利とボブ三好を見比べた。
その様が大人世界の縮図のようで痛々しい。
結局、三人が泡を食ったような表情でボブ三好の後を追いかけた。
パティー毛利が俺に言う。
「申し訳ないわね。
こちらの手違いだったみたい。
これから連絡する時は私が出向きましょう」
すると連れの一人が前に出た。
「いいえ、パティー様はなさらないで下さい。
代わりに私が出向きます」
パテイーと同じ金髪の女子生徒が俺をガン見、言う。
「一年二組の委員をしているアシュリー吉良と申します。
クラス委員の会合の連絡は私が行います」
俺を威圧するかのような視線。
女子にしては眼光が鋭い。
長時間直視すると目が潰れそう。
パティー毛利が俺に言い訳をした。
「ごめんなさい。
この子に悪気はないの。
仲良くしてやってね」
「それよりパティー様、今日の会合で決まった事を」アシュリー。
「そうね」
パティーの説明によると、
この場にいる者達が各クラスから選ばれた委員だそうで、
俺が不参加でも会合は問題なく進められたそうだ。
だよね、異存はない。
十人のうち九人が集まれば当然だ。
そこで決定した事項が幾つか。
中でも最重要なのが一つ。
十人の委員から一人、代表者を選出し、
全生徒を統轄する生徒会に送り出すことだった。
生徒会の仕事をすれば、さらに上級の学校に推薦される。
名も実もある役職であった。
そこに名乗り出た候補は二人。
パティー毛利とボブ三好。
投票の結果、五対四でパティー毛利が勝利した。
さっき引き上げたボブ三好には三人が従い、
ここにはパティー毛利に従う四人がいる。
大人世界の縮図を目の当たりにした。
パティー毛利が俺を見た。
「今さら遅いけど、何か異議がある」
「今さらでしょう」俺は肩を竦めた。




