(幼年学校)8
自己紹介タイムが終わると担任のテリーは教壇からみんなを見回し、
このクラスに適用される授業方針を説明した。
「一芸で合格したからと言って一般授業を甘く見て貰っては困る。
最低限必要な事は教えるし、覚えて貰う。それが卒業の条件だ」
ガツンと来た。
誰かが即座に反応した。
「卒業も一芸試験じゃ駄目なんですか」
「駄目だな」
一発で撃沈した。
それから長々と・・・。
俺には不要なことのオンパレードなので、ついには睡魔に襲われた。
すると脳内モニターに文字が走った。
「居眠り、居眠り」ジョークを覚えたのか・・・。
机に突っ伏さぬように気遣いながら居眠りしていた。
時間の経過は分からない。
無粋なランダム設定の警報音で起こされた。
ゆるいので心臓には優しい。
それでも何事かと心配した。
脳内モニターに説明の文字が走った。
簡略すぎる。
でも、クラスが紛糾しているのは理解した。
目を開けると教壇に立つテリーの顔が飛び込んで来た。
「お寝覚めかな」皮肉が混じっていた。
「いいえ、目を閉じて聞いていました」
「そうか、そうは思えないが・・・。
それでは、どうしたらいい」
みんなの視線も俺に集中していた。
渋々、立ち上がり、クラスを見回した。
誰もが縋るような目で俺を見ていた。
クラスを代表する委員を誰にするかで紛糾していた。
進行するに従い問題点が判明した。
他のクラスの予想できる委員が何れも貴族の子弟であるのに対し、
うちのクラスには貴族の子弟がいない。
十クラスのうちの九クラスが貴族の子弟で、一クラスだけが平民。
バランスが悪い。
例えは悪いが、それでは狼の群に放り込まれた羊でしかない。
誰もが貴族の子弟と関わりたくないと尻込みしていた。
みんなに問うてみた。
「官吏を目指す者が貴族の子弟ごときに尻込みしていいのか」
すると廊下側の席の最前列のキャロルが立ち上がった。
机に両手を付いて言う。
「貴族の子弟は言葉は悪いけど、甘やかされたガキが多いの。
クソ生意気なガキになると聞く耳も持ってないの。
俺はお偉い貴族様だと威張るばかり。
そんなのを相手にすると凄く疲れるの。
とにかく嫌になるくらい疲れるの」
普段は温厚なキャロルなんだが、今日は違った。
貴族の子弟に多大な迷惑を被ったのだろう。
切れに切れていた。
俺はテリーに目を遣った。
「つまりは僕が委員になれば、いいんかい」
テリーは苦笑い。
「分かってくれたか。
白色発光合格者ということで貴族の子弟に対抗できる」
「問題点が一つ。
僕の村には貴族がいなかったので付き合い方を知りません。
なので粗相をしそうなんですが・・・。
でも問題はないですよね。
この学校の方針は貴族も平民も、獣人も平等に扱い教育する。
そうでしたよね。
多少の軋轢は想定内ですよね」
テリーの表情が揺れる。
「何をするつもりだ。
・・・。
多少の軋轢なら目を瞑ろう。
気を付ける必要があるのは、貴族の子弟そのものより取り巻きだな。
家柄と人数で嵩に懸かってくる輩が紛れているからな」
クラスの顔合わせが終わり俺は寮に向かった。
向かいの林の奥に垣間見える宿舎群がそれだ。
三階建ての寮が奥へ、奥へと連なって見えた。
まるで前世の団地。
本来は生徒全員に入寮が義務づけられていた。
それが何時の間にか、なし崩し。
切っ掛けは有力貴族の子弟の、屋敷から通いたいという我が儘だった。
親が国王の側近だったので誰も諫言しなかった。
それからは国都に屋敷を持つ貴族の子弟が挙って入寮を辞退した。
続いて富裕な商人の子弟までも。
今では平民までもが見習う始末。
お陰で建物の半数近くが閉鎖に追い込まれていた。
寮は男女別で分かれていた。
手前の宿舎群が女子、その奥が男子。
あちこちに忙しなく動き回る人影が見え隠れした。
年末年始の休暇を終えた在校生達が寮に戻って来たのだろう。
暇なのか、窓から俺達を見ている者も散見された。
俺に割り当てられたのは、二号棟三階左の角部屋。
荷物は五日前に運び込み済み。
カールの経験で選んだ必要最小限な物ばかり。
机に椅子、ベッド、小さな箪笥、小物が少々。
小忠実に洗濯する、使わぬ物は捨てる、と助言された。
俺は窓を開けた。
途端、風が流れ込む。
国都の冷気が俺を包む。
悪い気はしない。
俺の、一人の、第一歩が始まった。
なりゆきでクラス委員を受けたが、まあ、何とかなるだろう、たぶん。




