(戸倉村)6
弱い獣なら逃げだしただろうが、俺は耐えた。
ジッと隙を窺った。
再び魔物が咆えた。
隠れている獲物を追い立てよう、というのだろ。
苛立ちが伝わって来た。
困った。
想定外だ。
俺は念力の精度を上げるのを第一段階、
威力を上げるのを第二段階、それから実戦に移るつもりでいた。
鳥・魚に始まり、兎・狐・狸、仕上げは熊か猪と決めていた。
魔物は全く考えていなかった。
この辺りに出没する魔物が少ないせいで、欠片もなかった。
これではまるで、小学生に抜き打ちで大学受験をさせるようなもの。
本当に困った。
困りはしたが、一方で俺は熱さを感じた。
滾る感触。
熱い血潮が全身を駆け巡った。
躊躇うことなく地を蹴り、岩の上に立って二頭に相対した。
俺を見た魔物は、何だか拍子抜けしたような様子。
互いに顔を見合わせ、呻り合う。
小さな餌に落胆したのだろうか。
二足歩行のまま、ゆっくり前進して来た。
祖父から魔物の行動パターンは聞かされていた。
魔物は獣の種なので通常は四つ足で行動する。
二足歩行で咆えるのは相手を威嚇する時のみ。
威嚇から襲撃に移る際は再び四つ足になり、そのまま突進して来る。
前足で獲物を捕らえるか、角があれば角で一気に仕留める。
特に注意しなければならないのは魔物が大きく息を吸った際。
次にはブレス攻撃が来る。
魔法使いが呪文を唱えなければ魔法の発動が出来ないのに対し、
魔物は息を大きく吐き出すだけで魔法を発動できるそうだ。
威力に個体差はあるが魔法使い並みだとか。
二頭の魔物は俺を、いたぶるつもりのようだ。
小突き回して楽しみ、最後には喰らいつき引き裂く。
勝利しか念頭にないらしい。
俺の全身を舐め回すように見ながら、歩み寄って来た。
俺は右の掌を開いた。
拾い上げていた小石は八個。
区切りが丁度良い。
四個を左掌に移し、左の奴に向けた。
的は奴の顔面。
ショットガンをイメージ。
始めてだけど出来るだろう。
俺はお利口なのだ。
集中、引き金を引いて発射、ショットガン。
四個が掌を滑るようにして飛んで行き、魔物の顔面を襲った。
穴は開けられないが、威力は充分。
奴は悲鳴を上げ、顔を両前足で覆った。
もう一頭が戸惑った。
何が起きた・・・、かのような感じで足を止めて俺と相棒を交互に見た。
事態が理解できていない。
俺は右手をもう一方に向けた。
残弾は四発。
イメージはショットガンのまま。
的は顔面。集中、発射。
丁度、奴は相棒を振り返った。
その横顔に命中した。
悲鳴を聞きながら俺は岩の後方に飛び降りた。
ヒットエンドラン。
多勢を相手にする場合に駆使するのは機動力。
攻撃したら一箇所に留まらずに移動しては攻撃、移動しては攻撃、
絶えず移動攻撃することによって相手を攪乱する。
弱者の戦い方だ。
周辺には大小様々な岩が無数に点在した。
何れも山頂の岩場から転がり落ちて来たのだろう。
これだけの数だ。
過去の地震の影響としか思えない。
そして周囲は森。
隠れる場所に不足はない。
何とかなるだろう。いや、何とかする。
俺は左の岩陰の一つに駆け込んだ。
怒りで咆え立てる声が聞こえない。
そっと顔を覗かせて確かめた。
二頭が大きく口を開けていた。
こちらにを向けて、ブレス攻撃。
大した打撃は与えられなかった。
小石で魔物を相手にするのが、そもそもの無理筋。
反省しながらも足を動かした。
さらに左の岩陰へ駆けた。
後頭部に熱い感触。
耳には轟音。
元いた場所を振り返ると、岩は大きな炎に包まれていた。
奴等のブレスは火魔法であった。
自分の後頭部に手を当てた。
幸い、被害はない。焼けた臭いもしない。
一毛も焼けていない。まさに間一髪であった。
俺は岩陰から覗き見た。
一頭と視線が合った。
怒り心頭に発した目色。
二頭が顔を見合わせ、こちらに向け、
揃って口を開けて息を大きく吸い込む。
次の岩までは少し距離があった。
子供の足で、十歩ほど。
躊躇う余裕はない。
生か、死か。
見られている事を想定し、更にその先の岩も確認した。
俊足、韋駄天、急加速をイメージした。
摩訶不思議な感触。
右足で踏ん張り、左足を出した瞬間、周りの景色が消えた。
・・・。
次の瞬間、目的とした二つめの岩陰に移動していた。
・・・。
空間を瞬間移動、テレポート・・・か。
・・・。
激しい動悸とクラクラする眩暈。
あまりのことに汗も出ない。
重い、怠い。
生まれて初めて全身への負担、というものを感じた。
そのまま膝から崩れ落ちた。
が、元いた岩が炎に包まれるのを横目にして、ホッとした。
大の字になった。
眩しい青空。
さて、どう・・・なった。
火事場のなんとかで、意識せずテレポートが出来たらしい。
しかし次も出来るとは思えない。
なにしろ全身に力が入らない。
無理して起き上がれば全身の筋肉が痙攣を引き起こすだろう。
諦めてその場に身を潜めることにした。
今はやり過ごすしかない。
テレポートが出来た理由を考えた。
身体が動かせないから考えた。
何かヒントはないか・・・。
生き残る為にはそこから導き出すしかない。
偶然とはいえテレポートが出来たのだ。
今は動けないが、俺の可能性は大きい。たぶん・・・。
頭の中を整理した。
過去をも探った。
・・・。
以前、拳大の石を試してみた。
飛ばそうとして掌に乗せた。
あの時は浮かせる事すら適わなかった。
掌から転がり落ちて終わった。
比べて今回は、・・・、必死で足を踏み出した。
・・・。
違いは、初動だ。
これまでは木の葉も小石も初動から念力を使った。
その際に感じていたのは、動くまでの負荷。
初動に重さを感じた。
木の葉も小石も軽い物ではあったが、それなりに微妙な重さを感じた。
慣れるに従って重さを感じなくなったが、
負担であることに変わりはなかった。
初動で浮かせればコントロールが出来たので忘れていた。
拳大の石は・・・。
それからすると、考えるに・・・、初動の負担を人力で補えば、どうなる。
テレポートで足を踏み出したように自ら投げれば。
幸い腕は動かせないが肘から先、手は動く。指も問題ない。
軽く捻って地面を探らせた。
拳大の石を探した。
あった。
五本の指で摘み上げ、掌で包み軽く弄んだ。