(幼年学校)3
校長は俺の言葉に不満げ。
「それらしい兆候とかないのですか」
「それは僕が聞きたいです。
前もって分かっていれば、そちらに力を注げば良いだけでしょう。
・・・。
そうそう、魔水晶に答えは浮かび上がらないのですか」
校長は目を見開き、
「ほう、便利そうですね。
残念なことに、そこまでの機能はないみたいですね」
と言いながら視線をカールに転じ、
「付き添いの方ですね。
ご覧になられていたように、この子は魔水晶に認められました。
それでは入学の手続きをサクサクと進めてしまいましょう」楽しげに言う。
俺達は本館の出入り口にある事務室に案内された。
適当な机に座らされたカールの手元に二枚の書類が置かれた。
「どちらも付き添いの方に書いて頂く書類です。
一枚目は本試験の前に提出して頂くお子様の身上書。
二枚目は合格された方に提出して頂く宣誓書。よろしいですね」
手早く書き上げたカールが誰にともなく尋ねた。
「白色発光で合格した者は入学金や授業料が免除になるのですか」
一人が肩を竦めて答えた。
「そう誤解されて当然ですね。
でも本試験の免除だけで、
諸費用は他の生徒達同様に負担していただきます。
そういう決まりですので」
足利国の国王・ブルーノ足利は執務を中断すると、
王宮と後宮との境にある庭園に足を向けた。
王族専用になっているので広い割りに人影は少ない。
庭番の衣服を身に纏っている者しか目に映らない。
彼等もブルーノに気付くと、そそくさと離れて行く。
ブルーノは小川に沿ってゆっくり歩いた。
付き従っているのは気心の知れた侍従達のみ。
誰も無駄な言葉は発しない。
石橋を渡っている間に寒風に襲われた。
頭の中のモヤモヤを吹き飛ばしてくれるようで、心地がいい。
ブルーノがベンチの前で足を止めると、
侍従の一人がそこに座布団を置いた。
ブルーノは座布団に腰を下ろし、
陽光を浴びながら深い溜め息をついた。
暫く休んでいると、軽やかな足音。
それも複数。
漂って来る香気から女達と分かった。
王妃のベティが侍女達を引き連れて現れた。
「あら、奇遇ですわね」とブルーノに微笑んだ。
侍女の一人がブルーノに断りを入れてその隣に座布団を置くと、
ベティが当然のように腰を下ろした。
「今日から幼年学校の本試験が始まるそうです」
「そうか、もう半月過ぎたのか」
「ええ。
・・・。
聞きましたか。
白色発光の合格者が現れたそうですよ」
ブルーノは初耳だった。
「それは聞いていない」
「このところ執務に忙殺されていらっしゃいましたから、
聞き逃されたのかも知れませんね」
「そうなんだろうな。
区切りがついてないから、まだ休ませて貰えない」
「国王様なのに思うに任せませんのね」
ブルーノはベティの目を見た。
ここに来合わせたのは偶然ではなさそうだ。
ブルーノは全ての侍従侍女に離れて待つように命じた。
人払いを待っていたかのようにベティが口を開いた。
「評定で合意がなされないと聞いております」
国王の下に評定衆と呼ばれる合議機関が設けられていた。
国王を補佐する役職で、定員は十席。
彼等の合意がなくても国王は決定が出来る。
が、彼等の協力なくては何も実行出来ない。
身体に喩えれば国王は頭、肝心の手足が評定衆。
頭が命じても手足である評定衆が動かなければ何も出来ないのだ。
今回の評定は魔物の大移動の後処理にあった。
木曽の大樹海から魔物の群が大移動を開始し、西進したのだが、
それを地元美濃の斉藤伯爵が阻止した。
被害を美濃のみで最小限に押さえたのは良いが、
大移動を阻止した前例がなく、その報奨を如何にするのか、
それで評定が揉めていた。
ブルーノは苦笑いした。
「領地を増やしてやろうにも、割り振る直轄地が少ないのだ」
治世が長い為、これまでの報奨で粗方の土地が消えてしまった。
直轄地に寄子の貴族が多いのも、そういう訳だ。
これ以上与えては国王の財布が枯渇してしまう。
それを懸念して、報奨をどうすべきかと評定が揉めていた。
「領地以外の報奨は」
「金塊を下げ渡すという意見もあったが、どうかな」
「陞爵されては如何」
「伯爵から侯爵だな。
それは考えているが、それだけでは今回の一件には釣り合わない」
「では、評定衆に加えては如何でしょうか」
「評定衆に空きはない」
「それでは増やしては」
ブルーノは顔を顰めた。
「増やす、定員は十席で決まりだ。
昔からの決まり事で、勝手には増やせない」
ベティがブルーノの耳に口を寄せた。
「国王の権限で増やしてはどうですか」
評定衆には二大勢力があった。
三好侯爵家と毛利侯爵家だ。
共に建国以来の重職の家柄で縁戚も多く、
互いに牽制し合うだけでなく、
場合によっては直接交戦する事もあった。
長引く戦火に仲裁に乗り出さざるを得なかったのがブルーノ。
その度に苦々しい思いに駆られた。




