(幼年学校)2
脳内モニターから聞こえる忙しないノイズ音。
同じ文字が続けて打たれた。
「目を覚ませ、目を覚ませ、目を覚ませ」
それでハッと我に返った。
予期せぬ事態に我を失い、ただ突っ立っていた。
その間の時間の経過が分からない。
たぶん、一分か二分だったのでは・・・。
慌てて俺は周囲を見回した。
俺やカールだけでなく、みんなも同じであった。
体育館にいる全員がただ突っ立ったまま俺を見詰めていた。
集団で茫然自失。
そこには慣れている筈の学校職員も含まれていた。
俺が魔水晶に翳していた手を引くと光がスッと消えた。
それで、みんなも我に返った。
途端にガヤガヤ、別のノイズが体育館全体を覆った。
俺を指差す者。
魔水晶を指差す者。
双方を交互に指差す者。
騒然とした。
人波を割るようにして、古手の職員然とした三人が現れた。
俺を見て、「付き添いの方は」と問う。
カールが応じると、「案内しますので付いて来て下さい」と。
理由は言わないが、丁寧な態度で俺達に接してきた。
俺はカールとアイコンタクト。
面倒ごとに巻き込まれた感がした。
それを承知で案内に応じた。
さて、鬼が出るかジャガ芋、否、蛇が出るか。
体育館の外に連れ出された。
職員の一人が俺達から離れ、前方へ駆けて行く。
「事情説明の為に先に走らせました」と別の一人。
訪問する前触れなのだろう。
「面倒ごとですか」とカールが尋ねた。
「悪い意味での面倒ごとではありません。
どちらかと言うと吉兆ですね」
「吉兆・・・、もしかして噂のアレですか」
「噂のアレ、と言うのは」
「十年か二十年に一度、出るというアレです」
二人が足を止め、繁々とカールの顔を見た。
その一人が頷くように言う。
「どこかで見たことのある顔だと思った。
君、うちの卒業生だよね」
「そうです。卒業して十四年ですかね」
「どおりで見た顔だと思った。
この子は君の子供かい」
「いいえ、今日はただの付き添いです」
「今、どんな仕事をしてるんだい」
話が、噂のアレに移らない。
そこで俺は誰にともなく尋ねた。
「噂のアレって何なの」
「それは」カールが言葉に詰まった。
一人が言う。
「私達には答える資格がないんだ、悪いね。
答えは校長先生に確認してもらってからになる。
さあ急ごう」
学校の本館の奥に案内された。
重厚なドア。
先触の職員がその前で待っていた。
「説明しておきました。さあどうぞ」とドアを開けた。
白髪の老人がデスクから顔を上げた。
これが校長なんだろう。
入る俺達を一瞥すると、やおら立ち上がった。
俺一人を優しい眼差しで手招きした。
「いらっしゃい。
話の前にこれを済ませましょう」とデスクの上の魔水晶を指し示した。
脳内モニターに文字が走った。
「年代ものの【審査の魔水晶】です」
意図が分かった。
早くて面倒がない。
俺は魔水晶の上に手を翳した。
途端、これも反応した。
光を放ち、部屋を占拠した。
体育館と同じ白色発光。
俺以外の五人が顔を綻ばせながら顔を見合わせた。
俺が手を引くと光も消えた。
「これは何なのですか」
校長が得意そうな顔で俺を見た。
「これで受験資格を調べているのは聞いているでしょう。
青く光なら資格あり。光らないと資格なし」
「はい」
「組み込まれた術式は昔の魔法使いがやったことですから、
正しいのか、正しくないのか、素人の私には皆目分かりません。
でも結果は出しています。
これまで授業に支障をきたした者は一人として入学していません。
能力の低い者を確実に弾き出しているということです。
ああ、授業に付いて来られるというのは一年生初期の授業に限ってで、
そこから先、卒業出来るかどうかは当人の努力次第。
ここまでは分かってくれますか」
「はい」
「通常は青く光るだけですけど、たまに、
ん十年に二度か三度、白色発光することが有るそうです。
今回のようにですね。
詳細は不明ですけど、受験資格だけでなく、
異才を見出す機能も備えているそうです。
それで、白色発光させた者は無試験で入学させるように、
と昔から伝わっています」
「無試験で・・・、初めて聞きました」
「私も君が初めてです。
五年前までは王宮に務めていましたから、その辺りに詳しくないのです。
・・・。
ところで、つかぬ事をお尋ねしますが、異才に心当たりはないですか」
咄嗟のことで答えに詰まった。
「僕はただの十才です。
異才と聞かれても・・・。田舎者ですから・・・」
子供らしい言葉遣いと、戸惑いで逃げた。




