(旅立ちと魔物の群の大移動)17
ブルーノは目を覚ました。
右隣から伝わる人肌が温かい。
ベティが心地好い寝息を立てているので身動ぎは最小限にした。
ゆっくり、ゆっくり首を左に回した。
壁時計の方向を見た。
灯りとは反対方向なので、確とは分からない。
たぶん、深夜の二時辺りではなかろうか。
ブルーノは足利国の現国王、二十一代目のブルーノ足利であった。
年齢は年が明けたので二十八才。
隣で寝息を立てているのが王妃のベティ。
こちらは二十二才。
二人は後宮の最深部にいた。
ブルーノは人の気配に気づいた。
それも複数、足音を消し、こちらに近付いて来た。
後宮は女人のみで運営されていた。
当然、内外の見廻りの人員も全てが女。
選び抜かれた女武者が四六時中、隊を組んで巡廻していた。
彼女等の目を掻い潜ってこちらに接近するのは難しい、というか、
まず絶対に無理。
万が一、暗殺者の接近を許しても最後の関門がある。
この部屋の前に立つ不寝番、二人。
屈指の女武者が最深部を守っていた。
何事も起こらずに部屋の外で足音が止んだ。
不寝番の二人と静かな言葉の遣り取り。
深夜を考慮して荒げた声は上がらない。
暫くして小さなノック。
コンコン、コンコン。
不寝番の二人は国王を起こす事態が出来したと判断したのだろう。
ブルーノが身を起こすより早く、ベティが声を上げた。
「どうしたのです」寝ぼけ顔でブルーノを見上げた。
「何か起きたらしい」
ベティがベッドから滑り落ちるかのように床に降り立った。
薄明かりに全裸が映えた。
若さゆえか弛みは一切無い。
彼女は暖房機の傍のコートスタンドよりガウンを取った。
それを羽織ると、「私が」とブルーノを手で制し、ドアの方へ歩み寄る。
外へ、「開けなさい」と指示をした。
ドアが小さく開けられ一人が顔を覗かせた。
後宮の当直の長がいた。
「夜分、申し訳ありません。
国軍本部より火急の書類が届けられました」
差し出された封筒一通を受け取るとベティは尋ねた。
「その使いの者は如何しました」
「表に待たせております。
国軍の少将です」
「直ぐに支度します」
ベティは急ぎ封筒をブルーノに手渡し、
魔力で暖房機を全開にし、部屋の灯りを次々に点けていく。
ブルーノはベッドの上で上半身を起こしたまま、
受け取った封筒から書類を抜き出した。
読み進めていく。
ベティがブルーノの上半身にガウンを掛けながら尋ねた。
「なにやら吉報のようですわね」
表情が緩んでいたらしい。
読み終えた報告書をベティに手渡した。
「私が読んでも構わないのですか」
「これは構わない。みんなにも朝一番で知らせることだ」
ブルーノはベッドから下りると、クローゼットへ向かった。
着替えていると時折、ベティの声が聞こえてきた。
「まあ」
「ほんとに」
「凄いわね」
報告書を読みながら一人で感心していた。
そしてブルーノが部屋を出て行こうとすると、
「国軍本部へ向かうのですか」と尋ねてきた。
「岐阜からの伝令が五騎到着しているそうだ。
現地の様子を直に生の声で聞こうと思ってな」
「それなら私も一緒して宜しいですか」甘えてきた。
「んっ、問題ないだろう」
「ですわね。ちょっと待って下さいね」クローゼットに駆け込む。
部屋の外にいた当直の長が共の二人を連れ、
王妃の手伝いに走り寄った。
一月五日になり、俺は一人で冒険者ギルドに向かった。
新人講習を受けるためだ。
カールはいない。
実家に顔を出すと言っていた。
ギルドの方から事前に、
「当日は同伴者の方の付き添いは無用です。
当日はギルドも平常業務をしており、
混雑回避の為にご協力をお願い致します」と釘を刺されていた。
それもあってカールは実家に里帰りすることにしたのだ。
街中を行き交う人々の表情が明るい。
岐阜からの吉報のせいだろう。
過去、魔物の大移動を阻止した例は記録にない。
小移動ならあるかも知れないが、大移動に限ってはない。
その大移動を岐阜城郭で阻止したのみならず、掃討に打って出、
元の木曽谷大樹海へ追撃している、というのだ。
そこかしこから岐阜の斉藤伯爵を褒め称える声が聞こえた。
賞賛一色で、功績で侯爵に陞爵 されるだろうとも。
俺が気になったのは関連して名が上げられたレオン織田男爵。
彼がゴーレムを多数生み出して魔物を撃退したと聞いた。
多数のゴーレムを一人で生み出したのみならず魔物退治。
生憎、そこまで人の魔力は多くない。
現場で直に見ていないから判断しかねるが、導き出される答えは、
土魔法が使える魔法使い達を複数雇用しているのではないか、
ということだ。
それはそれで恐い。
男爵は何を目論んで・・・。
軍用ゴーレム・・・。
彼が尾張の織田伯爵の家系でなければ、どうでもいいのだが、
尾張には俺が育った村がある。
家族だけでなく友人知人も住んでいる。
気にならない訳がない。




