(旅立ちと魔物の群の大移動)14
子供達は鎌と鍬の扱いに慣れていた。
年少組が鎌で枯れ草をサクサクと切り払い、
年長組が鍬で土をガッガッと掘り返して行く。
たまに蛇が顔を出すと慌てずに鎌で首を切り落とすか、
鍬で土地と一緒にグサッと突き耕し、
その蛇を掴み上げ、「蒲焼きだ」と逞しく笑う。
この世界の蛇は冬眠はしない。
冬眠するとモグラ系の魔物に捕食されるので冬眠しない。
それは蛙も熊も事情は同じ。
岩の洞窟や大木を住み処にして昼日中はテリトリーで活動していた。
掘り返された所に年少組が入ってジャガイモを収穫していく。
根っ子についた土を叩き落とし、小さな竹の籠に入れて運び、
荷馬車の大きな竹の籠に移し替えていく。
農家も顔負けの立ち働く姿。
田舎者の俺だが逆立ちしても敵わない。
再びイライザに背中を叩かれた。
「何を感心しているの。さっさと働いてよ」
すると年少組の一人がイライザに言う。
「お兄さんを苛めないで。
弓で仕事したので疲れているのよ。休ませてあげたら」
味方がいた。
俺は年下の子に感謝の笑み。
結局、その日は大収穫だった。
ジャガイモだけでなく、魔物まで獲れた。
ついでに蛇も。
その日の夜、大晦日の夜だからか、
いつまで経っても街から灯りが消えない。
月明かりと街の灯りで夕方が延長しているかの様。
馬車の音、走り回る子供達、繁華街の方からは喧騒。
イライザが、「大晦日は誰も寝ないわ」と教えてくれた。
俺はカールに言われて屋根に上がった。
「いいものが見られるぞ」と詳しくは話してくれなかった。
裏庭ではカールにマルコムとオルガの夫婦、それにサム、
その四人でテーブルを囲み、酒を酌み交わしていた。
何が楽しいのか、テーブルを叩いて笑うオルガ。
それを横目に、サムは手酌酒。
イライザが串焼きを皿に盛って屋根に上がって来た。
「下では出来上がっているわ。酔っぱらいって嫌いよ」
「酔っぱらいのカールの嫁さんになる予定じゃなかったの」
「カール兄貴は酔っぱらわないわ。
でも家の親は嫌い。酔っぱらうと口煩いのよ」
俺は礼を言って串焼きに手を伸ばした。
「この肉は昼間の・・・」
「子供達がダンタルニャン兄さんに食べて欲しいって」
「すると蛇か」
「嫌いなの」
「いや、鰻の次に好きだよ」
俺は蛇を頬張りながらイライザに尋ねた。
「屋根に上がって何か見えるの」
「我慢しなさい、もうじきよ」
蛇の串焼きが消えた頃合いだった。
国都の中心から強烈な気配がした。
明らかに魔力。
突出した力が噴出したとしか言い様がない。
俺はその方向に視線を転じた。
王宮に近い鐘楼から魔法が発せられた。
頭上高く魔法が一本、二本と打ち上げられた。
一つは火魔法のファイアボール。
もう一つは光魔法のライトボール。
どちらも最初に習得させられる魔法。
けれど傍目にも分かる威力の違い。
上級の魔法使いでも射程距離は100メートルには届かない。
なのに今、目にしているのは200メートルに届きそうな勢い。
おそらく魔導師だろう。
頂点に達したのかファイアボールが破裂した。
響き渡る轟音。
花火のように大きくて丸い輪を描きながら、消えて行く。
ライトボールも遅れて破裂。
イライザが説明してくれた。
「大晦日の夜は魔法使いの夜よ」
それが合図だった。
国都のあちこちから魔法が打ち上げられた。
いずれもファイアボールかライトボール。
それも100メートルに届かぬものばかり。
時折、50メートルに届かぬものも見受けられた。
「他の魔法は禁止されてるの。
無理に煽って事故でも起こされたら大変だもの」
イライザによれば、これは町の腕自慢を集めた催しだそうだ。
実際、目の前で行われているので納得した。
町の腕自慢が低レベルで競っていた。
深読みかも知れないが、目的はもしかして、
低レベルの者達を競わせて奮起させる事に有るのかも知れない。
町の腕自慢達の魔法が一段落したと見るや、
魔導師達が魔法の打ち上げを再開した。
今度は無数に打ち上げられた。
それも色取り取りに。
これでは前世の花火大会ではないか。
下からカールが俺を呼ぶ。
「ダン、ギルドに行って、冒険者の登録をするぞ」
まだ夜が明けていない。
こんな時間から登録もないだろうと思った。
「この打ち上げが終われば年が明けてダンも十才でしょう。
急いで行ってきたら」イライザに言われた。
「まだ朝じゃないけど」
「新年早々はギルドも忙しいから、まだ暗いうちから仕事を始めるの。
年明け初日だけの特例よ。
早く行かないと行列に並ぶことになるわよ」
「行列・・・」
「縁起担ぎなのかは知らないけど、
年明け初日の日付を狙って冒険者になりたい子供達が並ぶのよ」