(旅立ちと魔物の群の大移動)10
朝日が顔を出し切った頃合いから、
八百屋・マルコムの店頭に人が集まり始めた。
サムが野菜を収穫する為に呼び集めた者達だ。
主力は教会の司祭に率いられた孤児院の子供達。
それとは別に軽武装している若者もちらほら。
イライザが俺に教えてくれた。
「子供達が役に立つのよ。
土を掘るだけでなく、騒がしいから、それだけで魔物除けになるの」
熊除けの鈴のような効果があるらしい。
呆れている俺にイライザが小声で耳打ちした。
「それにね、子供達を引率している教会の司祭様をご覧なさい。
若くて綺麗でしょう。
彼女が目当てで若い連中が集まってくるの。
俺が守るんだって。
フッフッフ・・・。
光魔法で治癒してくれるだけじゃなく、
護衛も引き連れて来てくれるから大助かりよ」
店内から荷車が二両、引き出された。
それに道具が積み込まれた。
鍬や鎌に竹で編まれた大小様々な籠。
空きスペースに若者達がそれぞれの盾や槍を乗せて行く。
カールが一行の指揮を執ることに誰も異論はない。
そのカールが俺をみんなに紹介した。
「ダンタルニャンだ。
見掛けは子供だけど、獣人に負けぬ勘働きで、
尾張からここまでの道中、何度も魔物の襲撃を察知している。
それに短弓の腕前は俺より上だ。
・・・。
今日はダンに斥候を任せる」
俺が一行の先頭に立った。
ただ地理に不案内なのでイライザが横に並んだ。
「私が道案内で、あんたは斥候、しっかりね」
大晦日にも関わらずか、大晦日だからか、
出入りする者達で東門は溢れていた。
もしかすると、これが通常なのかも知れないが、
田舎者の俺には何とも判断がつかない。
門衛は分かっているのか、
「とっとと収穫して無事に戻ってくるんだ」
俺達を一目見るだけで通過させてくれた。
俺の出で立ちは革鎧に脛当て、ヘッドギア、首にはマフラー。
袈裟掛けのズタ袋。左腰には短剣。右腰には弓筒。
細い矢筒なので収納できる矢は十本。
マジックバックのズタ袋に矢筒を五セットしているので、
計六十本の矢を持参していた。
これだけ用意していれば充分だろう。
歩きながら左手に持つ弓の具合を再確認した。
イライザに尋ねられた。
「カール兄貴がああ言ってるから頼りにしているわ。
でも、ちょっと心配。
子供の腕力で、射程はどうなの」
今持っている弓は村で使用していた短弓ではない。
国都までの道中でカールに買い与えられたM字型の複合弓。
村で作っていた物に比べると段違いに性能が高かった。
30メートルがせいぜいだったのが、
今では弓本来の性能と弓士スキル、そしてEP付加のせいか、
200メートル前後までは当てられるようになった。
本来、子供には引けない張力なのだが、カールは目を瞑ってくれた。
そのカールに、
「ダンの腕前というか、スキルは分かった。
でも、子供にしては目立ちすぎる。
世渡りには、ほどほどと言うことも覚えておいた方がいい」と忠告された。
確かにそうなのだ。
出る杭にも、出過ぎた杭にもなりたくはなかった。
目立たず静かに平凡に生きて行くのが一番。
それでイライザには、「50メートルかな」と答えた。
街道を逸れて左へ。
北へ向かう脇街道を進んだ。
こちらも行き交う者が多い。
多分山越えして隣領へ抜けるのだろう。
連携させていた探知スキルと鑑定スキルが絶え間なく働き、
精密な地図作成を行っていた。
俺が歩いた道を寸分の狂いもない地図にし、地名を加えて行く。
歩いてない所は黒塗りのまま。
思い出したように脳内モニターに文字が現れた。
「付近の魔素濃度がレベルに達しています。
ダンジョンを創造しますか。承諾、却下」
当然、却下。
「あそこから右」イライザが指差した。
山裾へ向かう道が見えた。
探知スキルを広範囲にした。
向かう山に幾つもの茶色い点滅、黄色の点滅。
大型ないしは中型の獣に魔物。
幸い平地までは下りて来ていない。
探知スキルを高感度にして、
小型の魔物や獣にも反応するように設定した。
サムが一行を平地の途中で止めた。
「そこで止まってくれ」
広い草地で半分ほどが枯れ草に覆われていた。
孤児院の子供達が荷車に殺到した。
鍬や鎌を手に手に枯れ草に挑む。
枯れ草を刈り払って鍬入れ。
何が楽しいのか、騒ぐ騒ぎ。
なにやら地中より掘り出す。
小さな塊がまるで数珠繋ぎのようになって・・・。
じゃがいも・・・。
ジャガイモだった。
俺は驚いた。
「誰も収穫に来ないのかい」
サムがしごく当然のように言う。
「この一帯は魔物が出没するんだ。
掘る人間に、それを守る人間。
計算すると八百屋で買った方が安い」
教会の司祭目当てに来ていた若者達は周辺を警戒していた。
慣れているようで穴がない。
当の司祭はノンビリ感が半端ない。
子供達を尻目にカールと楽しそうに喋っていた。
俺はイライザに尋ねた。
「子供達はただ働きかい」
「まさか。折半よ」鼻で笑われた。
探知スキルが反応した。
茶色の点滅。
小型の獣だ。
十数匹がこちらに近付いて来たものの途中から逸れて行く。
他にも何組か、逸れて行く。
本当に子供達の騒ぐ声を嫌っているらしい。
安心した。
これなら楽な仕事になりそうだ。
と、安心も束の間、山の中腹から黄色の点滅・・・。
一頭、二頭、三頭。
これに小さな黄色の点滅が途中から加わって行く。
十二匹、十三匹、十四匹。
それがゆっくり、こちら目指して下って来る。




