(旅立ちと魔物の群の大移動)9
序盤の戦いを優勢に進めてきた美濃領軍だったが、
時間の経過とともに劣勢に陥っていた。
まずカタパルトの半数が酷使によって壊れた。
連弩の鉄の矢も在庫が尽きようしていた。
すでに火矢は役に立たなくなっていた。
堀の向こう側を焦土化し、燃やす物自体がなくなっていたからだ。
幸いだったのは堀の深さと広さだ。
それが辛うじて魔物の群を足止めしていた。
バート斉藤伯爵が櫓の一つに腰を据え、指揮を執っていた。
額に青筋を立てているが、
将兵に不安を抱かせぬように物言いには慎重であった。
「慌てるな、慌てるな。
堀は越せない。連中は泳げないからな。
・・・。
魔法使いは魔力切れせぬように気をつけながら撃退しろ」
バートは美濃地方の寄親。
高齢にも関わらず深夜からずっと最前線に立っていた。
将兵の練度は申し分ないのだが、肝心の息子達は不甲斐なしばかり。
任せられぬので老骨に鞭打っていた。
堀の手前から魔物の群がブレスを吐く。
その度に防御側は身を伏せてブレスを躱し、隙を見て反撃。
魔法使いがそれぞれ得意の魔法で魔物を狙う。
弓隊が矢を放ち、槍隊は槍を投じる。
この繰り返し。
双方ともに決め手に欠けていた。
朝日が顔を覗かせた。
バートは堀の向こう側の焼け野原を遠目に見た。
よくよく見れば転がっているのは焼け焦げた魔物の死体ばかり。
中には負傷している魔物も散見される。
こちらも疲労困憊だが、敵も甚大な損害を受けている。
先行きに自信を得た。
外壁の上部が崩れた。
ヘルハウンドのブレスフレイム連発を受けて劣化したらしい。
大きな穴が空いた。
ヘルハウンドは犬の種から枝分かれしたDクラスの魔物で、
今回の魔物の大移動の主役でもある。
けっして侮ってはいなかったが、
ブレスフレイム連発の威力を目の当たりにして初めて、
群れなすとCクラスと言われる理由が理解できた。
ヘルハウンドだけが脅威ではない。
大移動に帯同している他の魔物達も無視出来ない。
特にモモンキー。
猿の種から枝分かれしたDクラスの魔物だが、知能が高い。
途次の戦いで学んだようで、倒した兵の装備を着用していた。
鎧、盾、剣、槍。
始末に困るのが弓の扱いを覚えたこと。
長い手を活用して器用に外壁の上を狙い射た。
だけではない。
周辺を駆け回り、焼け残った木材を運んで来て堀に投げ捨てるのだ。
意図が透けて見えた。
堀に浮かべて浮き橋にするのだろう。
魔物は跳躍力に優れた個体もいるので要注意だ。
朝日がしっかりと昇り、岐阜とその周辺を照らした。
微かに何かが聞こえた。
法螺貝・・・。
遠くから聞こえて来た。
方向は尾張側。
加勢だ。
それが街道に現れた。
騎馬を中心にした五百余。
約束したレオン織田男爵の手勢だ。
堀の前に残存する魔物は二千近いというのに、
物怖じせずに進んで来た。
バートの周りの将兵達が肩を落とした。
少数の加勢を見てガッカリしたのだろう。
「心配するな。婿殿に任せておけ」バートは自信を持って言った。
魔物の群から二百余が迎撃に向かうのを見て一人が声を上げた。
「こちらからも打って出ましょうか」
「準備だけさせておけ。
初手は婿殿に任せる。こちらは機を見て打って出る」
バートは末娘・アニーを嫁がせたレオン織田男爵を買っていた。
レオンはフレデリー織田伯爵の長男だが、嫡男ではない。
正室の子でもなければ側室の子でもない。
正室の子が産まれる前に、
気紛れに手をつけた家臣の娘が生んだ子だ。
生まれ落ちるや正室の目を憚って家臣の家に隠された。
レオンが成人すると後継問題が発生せぬように手が打たれた。
国王の側近に裏工作して男爵位を与え、
貴族として独立させ、後継候補から外したのだ。
それからと言うものレオンには織田家の厄介者呼ばわりが定着した。
バートは隣領なので気になって調べさせた。
するとレオンに関しては悪評ばかり。
家臣間ばかりでなく平民にも、
織田家の厄介者と陰口をたたかれる始末。
ところが悪評の裏付けがなかった。
そうなると誰かが流しているとしか思えなかった。
バートは尾張領内だけでなく、
レオンが学んだ国都の魔法学園での評判も調べさせた。
その報告を受けて娘を嫁がせた。
レオン織田男爵勢は魔物の群の襲来を見ても慌てない。
鈍感なのか、咄嗟の対応に苦慮しているのか、
隊列を維持して前進を止めただけ。
意表を突かれた。
織田勢の先頭にゴーレムが出現したのだ。
土から生み出された3メートルはあろうかという怪物。
それが五体。
魔物の群を目掛けて駆け出した。
真正面から挑むつもりらしい。
直後、新たに岩で出来たゴーレムも出現した。
こちらは2メートルほどのが十体。
左右に分かれて魔物の群を目指した。
土のゴーレムが中央で魔物の群を押し留め、
岩のゴーレムが左右から魔物の群に突っ込んで行く。