(旅立ちと魔物の群の大移動)7
俺は風呂の中で一人反省した。
前世の記憶があることに胡座をかき、
精神年齢は自分が上であると自惚れ、ケイト達を下に見ていた。
甘すぎた。
このままでは駄目だ。
自分もこの時代を生きる一人であると認識を改め、
お客様気分を捨てて周りに同化する必要がある。
反省、反省。
それにしてもカールのパクリ能力には恐れ入った。
彼は魔力が少なく、鍛冶スキルも持っていない。
持っているのは魔力の少なさを補う魔道具のタグと、
それで得た水魔法スキル。
なのに風呂やキッチンの水回り関係だけでなく、
水魔法とは無縁のドアの結界や部屋の灯りといった、
市販品に酷似した魔道具を作り上げた。
デザインはパクレても、組み込まれている術式まではパクレないので、
オリジナルにしたそうだ。
鍛冶スキル持ちも顔負けだ。
水魔法の呪文を一部改竄したと当人は簡単に言うが、
そう簡単に出来るものではない。
俺はカールからパクッた水魔法に、別の観点から可能性を見出した。
人間の身体の半分以上は水分だと言われている。
そこから導き出される答えは、人間と水魔法の親和性。
他の魔法に比べて突出して高いと言える。
独り合点かも知れないが水魔法スキルを磨き上げることにした。
この先、他の魔法を覚える機会もあるだろうが、基本は一芸。
何でも万遍なく行うより、一つを突き詰めるのが最善だと判断した。
空手なら正拳突きに始まり正拳突きに終わる。
剣道なら面打ちに始まり面打ちに終わる。
魔法なら水魔法に始まり水魔法に終わる。
それで間違ってないと思う、たぶん。
俺は水魔法スキルを確認することにした。
ここまでの道中、カールの目を盗んで工夫したものだ。
仕上がりには自信がある。
幸いここは浴室なので濡らすだけなら問題はない。
掌を前に向けてイメージした。
まずは水球。
サクッと出現した。
バレーボールサイズで、汚れ落としに適した水球。
「飲み水には適していません」脳内モニター。
そのまま排水口に流した。
次は飲料に適した水球をイメージした。
ミネラルウォーター。
これまたサクッと。
「飲めます、旨い水です」脳内モニター。
これも排水口に流した。
纏わり付きながら消毒・殺菌を行う水球をイメージした。
粘着力のある水球が現れた。
浄化の水球。
「浄化機能があります」脳内モニター。
ここまでは完璧な仕上がり。
新たな工夫に着手した。
ゴムのように弾力のある水球は・・・。
霧状にしたら・・・。
そんなこんなをしていたら、浴室の外から声がかけられた。
「下で飯ができたそうだ。早く上がってこい」
すっかり時が経つを忘れていた。
湯が冷めかけていた。
慌てて浴槽から上がり、手早く着替えた。
カールと手分けして土産を持って一階に下りた。
イライザが俺達を待っていてダイニングキッチンに案内した。
テーブルに所狭しと並べられた料理の数々。
やはり田舎の食卓とは違うと実感した。
オルガに土産を手渡した。
「こんなに、ありがとう」良い笑顔で受け取ってくれた。
長男のサムに引き合わされた。
荷車で得意先廻りをしているせいか逞しい体格、偉丈夫だ。
とても十六才には見えない。
俺がサムを感心していると、サムも俺に感心した。
「本当に九才かよ。
イライザと同じくらいなんだけど」
イライザが立ち上がって兄を睨んだ。
「喧嘩売ってるの、兄貴っ。
よく見なさい。私は普通。
ダンの方が年下のくせに背が高いだけよ」
仲の良い兄妹だ。
食事しながら交互に、なんのかのと俺に田舎の事や、
道中の苦労話を聞いてきた。
反対側ではオルガがカールに尋ねていた。
「お屋敷には伺うのでしょう」
カールの実家、細川子爵家のことだ。
「年末年始は屋敷も天手古舞いだろうから、
手が空いた頃を狙って行くよ」
サムがカールに言う。
「ねえカール兄貴。
年末年始が暇なら、俺を手伝ってよ」
「なにを・・・。
あー、あれか。
野菜の採り入れか」
不思議がっている俺にイライザが説明してくれた。
「年末年始になると市場へ出荷される野菜や果物が減るの。
農家の人達もお休みするから仕方ないんだけどね。
でもお得意様のお屋敷への配達は減らせないでしょう。
日頃お世話になってるからね。
特に大のお得意様にはね。
それで自分達で野菜を収穫して配達するのよ」
「畑を持ってるんだ」
「持ってないわ。
畑じゃなく、外壁の外、郊外で勝手に収穫するのよ」
「勝手にって」
「郊外に自然に生えている野菜は誰でも収穫していいのよ。
魔物に遭遇するから自己責任でね」




