(旅立ちと魔物の群の大移動)5
俺は階段を上がりながら、冬蛍から目を離さないでいた。
夕暮れの空に浮かび上がるオレンジ色の発光、目が癒される。
それをカールが勘違いした。
「捕まえて部屋の灯りにしようと考えているのなら止めておけ」
「王宮から禁じられているんですか」
「違う。危ないからだ」
「ええっ、無害な蛍にしか見えないんですけど」
「冬蛍自体は無害なんだが、あそこの巨椋湖には危ない主がいるんだ。
それで何人も飲み込まれている」
飲み込む。
思い当たるのは一つ。
「ミカワオロチのようなものですか」
「ちょっと違う。蛇とは仲が悪い奴だ。
フロッグレイド、知ってるか」
途端、脳内モニターに文字。
「フロッグレイド。
蛙の種から枝分かれしたBクラスの魔物。
成長すれば縦横5メートルくらい。
得意技、相手を長い舌で捕らえ、
人間なんかであれば丸ごと飲み込む。
ブレスは水魔法。ポイズンミストを吐く」
危ない、危ない。
「毒霧持ちですか。遭遇したくないですね」
二階の玄関ドアの前に立つと、カールが奇妙なことを始めた。
ドアノブに手を翳し、何やら・・・呪文・・・。
俺は微量の魔力が流れるのを感じた。
「結界解除を行っています」脳内モニター。
何かが外れる音がした。
カールがノブを回して玄関を開けた。
俺は不思議に思って尋ねた。
「使えるのは水魔法だけじゃなかったの」
カールが振り向いて苦笑い。
「魔力の弱い者が本物の結界を張ろうとすると、
専用の魔道具を買う必要があるのは知っているだろう。
でも、買えるのはお金に余裕のある一部の者達だけだ。
俺達の財布は軽い、
そんな奴は工夫するしかないんだ。
当然、俺も工夫した。
試行錯誤の末、編み出したのがこれだ。
水魔法の一つを改造して、ドアノブにプチ結界。
プア結界とも言えるがな」
俺は呆れた。
「呪文の改竄ですよね。
やって良いんですか」
「細かいことは気にするな。
お金がなければ工夫する。それが大人というもんだ」
「分析が終わりました。EPで再現可能です」脳内モニター。
俺の鑑定スキルは知識に飢えているのか、暴飲暴食。
勝手に鑑定して分析までしてしまう。
二階住居の個室は六つ。
家族が出来たら、と思ってこういう部屋数にしたのだそうだ。
もっとも、冒険者生活で忙しく、家族が増える予定は未定とか。
「下のイライザがお嫁さんに、と言ってるけど」
「年が離れすぎてるだろう」笑われた。
個室の他はダイニングキッチン、トイレ、風呂、洗面所、
そして洗濯場付きの小さなベランダ。
「備えてある魔道具に魔力を通わせれば、水が出てくる。
ついでに温度調整すれば温水に変わる」
俺は試すことにした。
俺のEPと魔道具の相性、同時に試すことにした。
風呂の蛇口の魔道具に手を添えた。
俺のステータスにMPの表示はない。
表示されるのは常にEPのみ。
推測した。
もしMPを持っていたとしてもEPで上書きされているのでは、と。
EPに上位互換機能が・・・。
と言うのはここまでの道中、
俺は探知スキルと鑑定スキルを連携させていたのだが、
誰一人にも不審がられなかったのに対し、
俺には行き交う人の中で探知を行っている者が特定出来た。
そこからMPの上位にEPがある、という確信を深めた。
自信を持って蛇口にEPをちょっぴり流してみた。
簡単に水が流れ出た。
EPをもう少し増やして温度調整に挑む。
一瞬で熱湯、アーチチ、アーチチ。
慌てて温度を下げた。
俺はカールの器用な才能に呆れた。
水回り関連の魔道具が市販の物に・・・似てるような、似てないような。
「もしかして、パクリですか」
困ったように頭を搔くカール。
「うーん、工夫したら似た形になった。
家で使うだけで、外では売らないから良いんじゃないか。はっはっは」
「鍛冶スキルでも持ってるんじゃないですか」
「そう思うか。実は俺もそう思った。
それで伝手を頼って鑑定スキル持ちを紹介してもらい、
鑑定してもらった。
でも持っていなかった。悲しいな」
俺は黙ってカールを鑑定した。
確かに鍛冶スキルはない。
「後天性で、これから発現する可能性がありますよね」
「それなら嬉しいが・・・、パクリの努力を続けるか」目が笑っていた。




