(戸倉村)4
盗賊団の根拠地が分かった。
盗賊の一人が、東の山地にある、と自白したのだ。
廃墟と化した古代の砦跡で、馬で三日の距離。
留守を守っているのは十二人。その半数は怪我人や病人だとか。
アンソニーは直ちに討伐する、と決断した。
領主に訴えれば大事になって賊側に漏れるのではないか、
と懸念したのだ。
そこで村のみで行動する事にした。
指揮官はアンソニー。
「できれば賊を生かしたままで捕らえたい」として、
荷馬車五両に獣人や雑兵、村の若者多勢を乗せて向かった。
総勢三十数名。
根拠地の手前に見張りが置いてある、というので獣人を先行させ、
見張りを無力化し、あっさりと陥落させて占領した。
五両の荷馬車に十二人の賊と、賊が保管していた武器・防具類、
賊が貯め込んでいた強奪品と覚しき現金・貴金属等、
全てを没収して積み込み、村に帰還した。
犯罪は国や領の刑法で裁くのだが、
その間の手間や費用等煩雑な事が多く、
実際には現場の村や町で裁くことも許されていた。
アンソニーはその慣例に従って村で裁いた。
国や領の介入を恐れたかのように即決であった。
討伐した者に賊の所有物全てを与える、との法令に基づき、
全てを村の所有とした。
賊の生き残りを宮司に依頼して治癒魔法で健康体にし、
犯罪奴隷として売却。
武器・防具類の古い物は鍛冶に払い下げ、新しい物は売却。
強奪品と覚しき現金・貴金属等は村所有に。
ついでに得た賊の馬も村所有に。
指名手配の者もいたので、懸賞金も村所有に。
そして褒賞金として一部を村の各家に配分した。
今回の騒ぎが契機となって、村は新規事業に着手した。
多大な一時金を元手に、東の海へ道路を繋ぐことにしたのだ。
道路工事にその道の専門家や作業員を呼び寄せた。
勿論、村には一軒だが、旅籠がある。
食堂兼飲み屋兼商店の古い小さな旅籠が。
だけど、それでは手狭。
そこで新たに宿舎が三棟建てられた。
作業員の常駐が可能になると、
彼等を相手にする商売人も来るようになった。
また、漁村の開拓を見越して移住して来る者も増えた。
俺は五歳になった。
活況を呈する戸倉村に余波が来た。
国都の屋敷に滞在中の織田伯爵家から使者が訪れたのだ。
フレデリー織田伯爵は尾張地方の貴族の寄親であり、
戸倉村を含む地域の領主でもあった。
その使者が父に伯爵の言葉を伝えた。
「漁村の開拓の目処がついた頃合いに、
佐藤家を正式な武士に取り立てる。
ついては準備を怠りなくしておくように」
漁村だけでなく塩田の開拓成功までをも見越して事なんだろうが、
騎乗の者十騎、槍足軽二十人、弓足軽二十人、
と人数まで決められた。
土豪から武士として取り立てられるのは名誉だが、費用もかかる。
これまで小荷駄隊だったので、足腰の強い雑兵で済んだ。
しかしこれから騎乗の者、槍足軽、弓足軽ともなれば、
それ相応の部隊としての連携訓練が欠かせない。
指導する者をも雇わねばならないだろう。
騎馬戦の指南役、槍の指南役、弓の指南役は当然として、剣や盾も。
使者が帰った後で父は頭を抱えた。
「はあ、金がかかる。困った、困った」
そうなのだ。万事は金次第。
雑兵は農業との兼業でも成り立ったが、足軽は専門職。
片手間仕事の雑兵に対して足軽は正規雇用なのだ。
加えて、ある程度は事務を熟せる者も必要になる。
初期の員数は文武官あわせて最低でも七十人ほど。
さらに彼等には長屋も必要だろう。
伯爵家の家臣ともなれば領都にも屋敷を構えねばならない。
初期投下する費用が・・・。
祖父は父から目を逸らした。
「大変だな。
まあ、お前が村長だからワシは口出ししない」
大人には大人の事情があるように、子供には子供の事情が。
五つになった俺は忙しいのだ。
なにしろ戸倉村は辺境にあるので、よそ様に引け目があった。
それを克服すべく、五代前が村に学校を造った。
戸倉村塾。
村に生まれた者は全員、
五歳児から五年間にわたって読み書き算盤を叩き込まれた。
なので俺も朝から塾に放り込まれた。
前世の記憶があるので、読み書き算盤は苦ではない。
忙しいのは俺が勝手に作る空き時間だ。
遊ぶふりして、野山を駆け回って身体を鍛えた。
ただし、成長を阻害する余分な筋肉を付けぬように、慎重に鍛えた。
「ダン様、待って下さい」獣人の娘、ケイトが俺を追って来た。
塾を勝手に抜け出したのに気付いたらしい。
彼女は二つ上なので教室が違う。
それでも彼女は俺から目を離さない。
我が家に仕える獣人の娘なので、必要以上に構う。
折に触れては様子を窺い、怪我せぬように気遣う。
今日の予定は川だ。
前方にその川が見えて来た。
駆けながら手早く衣服を脱ぎ捨てた。
スッポンポン。
「ダン様、止めて下さい」
勢いをつけて橋から飛び込んだ。
頭からだとケイトにより一層激しく怒られるので足から飛び込んだ。
そのまま潜った。
目を開けた。
小魚達が俺の周囲から逃げて行く。
息継ぎの度に川原に降りたケイトの顔色を窺った。
可哀相なくらいに怒りと心配の色。
七つの子供を相手に俺は、・・・。
ケイトに指示した。
「火を焚いておいてね」
潜って五感を解放した。
魚、魚。
大きい奴を探した。
ケイトと二人で食べられるくらいの大きさ。
・・・。
見つけた。
俺が近付くと、奴は警戒して岩陰に隠れようとした。
逃さない。
川底から小石を拾い上げ、丹田を意識した。
丹田で精練を飽きずに続けていたら、
脳内モニター以外にも妙な力が涌いてきた。
所謂、念力というものまではなかろうか、
イメージすると、それが具体化するのだ。
庭の木から落ちる葉っぱを、三階の部屋で見ていて、軽い気持ちで、
出来たらいいな、という感じで手元に引き寄せるように意識した。
すると落ちかけの葉っぱが風に吹き上げられるように舞い上がった。
そして俺の掌に収まった。
それから念力を意識するようになった
拾い上げた小石を掌に乗せ、弾丸をイメージした。
小石の弾丸。
的は目の前を泳ぐ魚。
引き金を引くイメージ。
簡単に小石が動いた。
前へ飛んで行く。
が、途中で力尽きたのか・・・、沈んだ。
水圧に抗しきれなかったのだろう。
威力はまだまだのようだ。
川原に上がって、ケイトの方へ歩み寄った。
「ごめん」
川原では火が焚かれていた。
ケイトが俺の頭を軽く叩いた。
「冷えたでしょう。火に当たりなさい」
犬の鳴き声が聞こえた。
黒い塊が川原に駆け下りてきた。
五郎だ。
嬉しそうに俺の足下に蹲った。