(旅立ちと魔物の群の大移動)3
二頭は5万ドロンで売れた。
俺達はギルドの支払いカウンターで大銀貨5枚を受け取った。
カールが伝票にサインしてから俺に言った。
「二等兵の給料分だ。多少安い気もするが、バリーの顔を立てた」
高く売れた、と思ったのだがカールの言葉は違った。
表情に現れたのか、バリーが俺の肩に手を置いた。
「馬の肌に道中の疲れが出ているから、こんなところだ。
しかし、ギルドの厩舎で暫く休ませて、良い飼い葉を与えれば、
一月後には一頭が5万ドロン以上で売れる」
二頭で10万ドロンか・・・。
厩舎で飼育するにしても費用は1万ドロンも掛からないだろう。
確実に一月後に売れるとすれば、たいした利益が得られる。
買い手があればだが・・・。
カールが説明してくれた。
「ダン、世間の動向をチェックする癖を身に付けるんだ。
今回は木曾の魔物騒ぎだ。
バリーは騎兵が魔物討伐に駆り出されると計算して、
馬を買い集めるつもりだ」
俺は反省した。
道中、魔物の出没ばかりに気を取られていた。
「冒険者ギルトは商売っ気があるのですね。
悪い意味ではありませんよ」とバリーを見上げた。
バリーは笑い飛ばした。
「いいってことよ。
冒険者が持ち込む物だけを買い取って、それを売る。
そんな商売は昔の話し。
今は待っているだけじゃ駄目なんだ。
こっちから売る種を探す、そうしないと時代に取り残されるからな。
ただし、大商人ギルドや鍛冶ギルドとかの権益を侵す気はない。
恨まれると、その後の取引がし難くなるからな」
「馬の買い集めは問題ないんですね」
「馬と馬車ならな。
二つは冒険者が非常時に移動する際の足になる。
過去、必要になってから探したら足下を見られて高額で掴まされた。
そういうことが何回も続いた。
そこから今ではギルドが用意することになった」
俺はバリーの話しに興味を持った。
「冒険者の非常時ですか」
「興味あるか。
立ち話もなんだ、場所を移そう」
バリーが俺達をギルドに併設されているカフェに誘った。
ドアを開けた瞬間、香しい珈琲の匂いに包まれた。
広い店内のあちこちから笑い声。
定食をかき込みながら談笑している冒険者達が多く見受けられた。
酒が入っていることと、時刻からすると夕食だな。
窓際の席につくと元気なウエイトレスに迎えられた。
「いらっしゃいませ。
あら、カールさん、お久しぶりですね」
俺達はそれぞれに飲み物を注文した。
カールとバリーは珈琲。俺は紅茶。
飲み物が配られると、一度口を湿らせてからバリーが言う。
「非常時だったな。
・・・。
ほとんどは国からの依頼だ。
坊主は外国の事を多少なりとも知っているか」
バリーが俺の目を面白そうに覗き見た。
試されている。
100点満点の回答が必要なのだろうか。
いやいや、まだ子供だから緩くても問題ないだろう。
「多少なら。
九州の西方には広大な砂漠があり、渡った先には西域諸国。
九州北部より北海道北部にかけた北側は奥の深い山岳地帯で、
そこを抜けると北域諸国。
北海道の東方には、これまた広大な大樹海があり、
大樹海を抜けた先には東域諸国。
北海道南部から九州南部までは、ずっと海で、
海の向こうに陸地は見えませんが、
渡り鳥が来ることから大陸か島がある、と言われています。
でも、真相は分かりません。
原因は海の深いところへ行くと海の魔物が襲ってくるので、
水平線の向こうへの行き来が出来ない、と教えられました」
村塾の座学で得た知識を棒読みで披露した。
「国の名前は覚えているか」
「なんとか帝国、なんとか皇国、なんとか公国、なんとか教国、
と言ったところですね」
バリーが珈琲を飲み干した。
「よしよし。
坊主は外国に興味があるか」
「いずれ冒険者になって渡りたいと・・・。
冒険者の緊急依頼の関係を聞かせて下さい。
外国も関係するのですか」
「きちんとした国境線がないので、商人や旅人だけでなく、
色んな手合いが姿を現すようになった。
西域からは駱駝に乗った怪しげな武装キャラバン。
北域からは調教した魔物を連れた登山隊。
東域からはゴーレムを連れた樵夫の一団。
胡散臭い連中が増えた。
そうなると国としても静観している訳にも行かん。
そこで冒険者パーティへの緊急依頼だ。
偵察、ついでに外国のパーティと接触。
難しい問題を孕んでいるから内容は勘弁してくれ」
俺はバリーの眉間に皺が寄ってるのを見た。
「もしかすると、相手方もそれぞれの国の冒険者パーティですか」
「坊主、良い読みだ。
・・・。
そうだ、ご同業だ。
胡散臭い連中だが腕も立つから捕まえて聞き出す訳にも行かん。
・・・。
おそらく緻密な地図を作ろうとしているんだろう。
・・・。
正規の偵察隊を送り込まない節度だけはあるが、
それが何時まで続くのやら」
背後に国家がいるとなると地図を作らせる意味は一つしかない。
侵攻する際の地図だ。
我が国は天然の要害で外敵から守られていた。
西の大砂漠。北の山岳地帯。東の大樹海。南の大海原。
これまで、そこを越えて侵攻して来る国はなかった。
しかし、天然の要害に囲まれていても、他国にとっては垂涎の的、
恰好の獲物と認識されていた。
なにしろ我が国は豊かな資源に恵まれていた。
前世とは違い、九州から北海道までが地続き。
西から関門平野、豊予平野、瀬戸内平野、北は青函平野。
四つの平野は緑の宝庫であった。
険しい山間部からも多種多様な農作物が収穫出来た。
加えて金銀銅の鉱物。
まさしく黄金の国。
垂涎の的であった。




