(旅立ちと魔物の群の大移動)1
年末年始は平民にも平等にやって来る。
王家や貴族に比べると行事は少ないものの、それなりに忙しい。
平民には平民なりの年末年始がある。
国都や領都で働く平民で、地方から出稼ぎに来ている者は、
年末が近付くと土産物を買って帰省の途につく。
帰省先がない者は温泉、ないしは温暖地へ行楽に向かう。
当然だが、仕事先のシフトの都合で職場に残る者もいる。
事情はここ木曾の冒険者ギルド支部でも同じ。
半数の職員は年末年始休暇に入っていた。
残っているのはシフトで年末年始の当番になっているか、
特別手当が目当ての職員。
ギルド支部は町の中央にあり、守備隊屯所と隣り合っていた。
シフトでギルドのデスクに就いている職員が窓の外を見た。
「もうすぐ暗くなるがパーティの連中、帰りが遅いな」呟いた。
木曽の大樹海には三組の冒険者パーティが潜っていた。
Dクラスの魔物・ヘルハウンドが大移動の兆しを見せていたので、
対策として大移動を遅らせるべく間引いていた。
稼げる優秀なパーティが年末年始休暇に入っている代わりに、
稼ぎの悪いそれなりのパーティが大樹海に投入されていた。
成果は芳しくなかった。
Dクラスではあるがヘルハウンドにはブレスがあった。
火球・ブレスファイアより一回り大きい火炎・ブレスフレイムだ。
もっとも、それ以前に体力で押してくる。
群れをなして襲撃して来られるとパーテイ側も手こずる。
息せき切った男がギルドに飛び込んで来た。
大樹海に潜っていた冒険者パーティの一人だ。
籠手が割れ、鎧が凹み、頭髪が焼け焦げていた。
「ヘルハウンドが涌いて来やがった」
「みんなは」受付の職員が立ち上がった。
「ブレスフレイムにやられた」
通常であればヘルハウンドもブレスフレイムでの火災を怖れ、
木々が密集している大樹海では滅多に使用しない。
それを使用したと言うことは大樹海を捨てる、と言うことに等しい。
「他のパーティはどうなってる」
外で鐘が狂ったように連打された。
大樹海を監視していた見張り台だ。
戦える者には非常呼集、女子供には緊急避難を告げていた。
大樹海からヘルハウンドの群れが姿を現した。
犬の種から枝分かれした魔物。
ブルドッグを更に凶暴にした顔で、目は赤く、体毛は黒一色。
それが咆えながら四つ足で町に押し寄せて来た。
町は岩を削り整えて積み上げた高さ3メートルの外壁と、
分厚い木製の門で守られていた。
その外壁上に非常呼集された男達が弓槍盾を携えて並んだ。
彼等は押し寄せる魔物の群を眺めて表情を曇らせるが、
引き下がるつもりは毛頭ない。
彼等の思いは前ではなく、後方にあった。
町の反対側では門が開放され、
女子供達が掻き集められた馬車に乗り込んでいた。
男等はみんなが無事に逃れられることだけを心底から願った。
ヘルハウンドの群が一斉に立ち上がった。
思い切り口を開けて息を吸う。
ブレスの前段階。
外壁の上を目掛けて火炎を吐き出した。
ブレスフレイム。
火炎を二度、三度と連続して吐き出した。
迎撃陣は盾を並べて防御に徹した。
「長くは続かん、我慢しろ」
あまりの高温で盾が歪む。
ブレスフレイムが止むや群の隙間から別の魔物が姿を現した。
モモンキーだ。
猿の種から枝分かれした魔物。
百近い数が各個に駆け出した。
長い手足を活かして外壁に取り付き、登り始めた。
迎撃陣から声が上がった。
「モモンキーを叩き落とせ」
左から衝撃が伝わって来た。
門が襲われていた。
パイアの群がいた。
猪の種から枝分かれした魔物。
武器は鋭い牙と突進力。
遮二無二愚直に門を破ろうと突進を繰り返した。
俺は国都を目の当たりにした。
第一印象はでかい。
白色系の岩を削り整えて積み上げた外壁が、
街道の先に大きく聳え立っていた。
「高さは5メートルだ」とカール。
「幅は」
「上の通路が2メートル。下は5メートル。
何度も何度も魔物の群の襲撃を防いでいる。
ただし、飛ぶ魔物は除いて、だな」
外壁越しに高い建物が何棟も見えた。
なかでも一際高い建物が王宮なのだろう。
屋根の形が面白い。
タマネギの様な、ウンコの様な、不可思議な形の屋根で、
全面に金箔が施されていた。
ピッカピカで下品。
品性が疑われる。
俺はカールに連れられ、魔物や盗賊の襲撃を警戒しながら、
尾張から二騎で街道を旅して来た。
幸い盗賊には襲われなかったが魔物には何度も襲われた。
その度に探知スキルが教えてくれた。
初動は俺の短弓で、接近されたらカールが長剣で退治した。
お陰で俺は新たなスキルを得た。
弓士スキル☆。
目的地はもう目の前。
安心感からか、ドッと疲れがきた。
でも、ここからが肝心。
国都ともなると鑑定スキルを持つ魔法使いもいるだろう。
遭遇対策としてランクや数値の偽装が必要になる、と考えた。
鑑定スキルを始動した。
選択できるのは鑑定、分析、偽装、撹乱の四項目。
偽装を選択し、村を出るときに与えられた認識票を元に書き換えた。
「名前、ダンタルニャン。
種別、人間。
年齢、九才。
性別、雄。
住所、足利国尾張地方戸倉村住人。
職業、なし。
ランク、E。
HP、75」
これにMPとスキル・弓士☆を書き加えた。