(どうしてこうなった)5
俺は迎車の一輌目に、ドリスとジューンに連行される形で乗せられた。
広い座席なのだが、二人に挟まれた俺は肩身が狭い。
その代償なのか、左右から良い香りが漂って来た。
案外これも悪くない。
そんな俺を、向かい席に腰を下ろしたエリスと副官がニコリ。
副官は口にはしないが、エリスは遠慮がない。
「伯爵様、両手に花ですわね」
「だねえ、花だよね」
ドリスに尋ねられた。
「伯爵様、その花の名前は」
急な事で名前が出てこない。
幾つか知ってる筈なのに。
困った。
ジューンにも尋ねられた。
「伯爵様、花の名前を幾つ知ってますか」
仕方がないので自分の鼻を指した。
「一つだけ、伯爵様の小さな鼻」
受けなかった。
二輌目にはスチュアートと護衛の三名。
三輌目には俺や家臣達の荷物。
車列の前後には近衛の騎士達が護衛として付いた。
傍目には近衛の車列としか見られないだろう。
車列は何の妨害もなく、内郭の門を通過した。
官庁街を抜け、王宮本館の玄関ではなく、裏の通用門へ向かった。
エリスが釈明した。
「賓客としてではなく、通いの近衛として入ります」
「無理はないの」
「誰何された場合は私が対応します。
皆様方御一行は無言で願います」
屋根付きの通路に沿って走った。
着けられたのは同じ敷地内の王宮別館、北館。
玄関前には若い兵士達が待機していた。
およそ十名。
エリスが説明してくれた。
「近衛の見習いです。
彼等が荷物を持ってくれます」
俺達はエリスに中へ導かれた。
人と鉢合わせする事はなかった。
「期間中、口の固い者達に管理させております。
安心ではありますが、それでも慎重な行動をお願いします」
それにしてもやけに人が少ない。
見掛けるのは近衛か、侍女かメイドばかり。
王宮勤めの貴族らしき者は一人として見掛けない。
徹底していた。
三階に上がるとエリスが男女別に部屋を分けた。
「真ん中の部屋が伯爵様で、その左がメイドのお二方の部屋、
右が執事と護衛の方々の部屋となります。
皆様の荷物は若い者達が運んできます。
暫しお待ちを。
私は王妃様へ報告しに参ります」
荷物の整理が終えた頃合いを見計らかったかの様に、
エリスが戻って来た。
「伯爵様のみをご案内します」
従者は不要という事だ。
王宮ならそれも無理からぬこと。
俺もうちの者達も従った。
俺はエリスに言葉をかけた。
「お願いします」
進む隊列はエリスが先導、俺、近衛の兵が二名。
本館二階の部屋に案内された。
待ち受ける人数が少ない。
真ん中のソファーに四人が腰を下ろし、お茶を飲んでいた。
一斉に視線を向けられた。
王妃様、カトリーヌ明石中佐、ポール細川子爵、何時もの三人に、
珍しい事に管領のボルビン佐々木侯爵を加えての計四名。
それぞれが供回りを引き連れる身分なのだが、他に人影なし。
お茶入れ要員の侍女三名は別にしてだが。
エリスは己の身分を知っているようで、俺をソファーに導くや、
素早くドアの方へ下がった。
待機の姿勢。
入室しなかった近衛二名はドアの外で番をしているのだろう。
王妃様が口を開かれた。
「伯爵、呼び慣れないわね。
ダンタルニャン、腰を下ろして頂戴」
俺は腰を下ろした。
直ぐにお茶が運ばれて来た。
珈琲だ。
まず礼儀として一口。
あっ、砂糖とミルクで調整だ。
忘れていた。
「カトリーヌ殿、この場で言っていいのかどうか分かりませんが、
昇進お祝い申し上げます」
分からなければ黙っていれば良いものを、言ってしまった。
でないと、忙しい職責のカトリーヌには次どこで会えるか分からない。
だから言った者勝ちだ。
カトリーヌが嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。
そう言えば、ダイタルニャン様にお会いしてからですね。
この様に忙しくなったのは」
「すみません、疫病神の様で」
これに皆がウンウン頷いた。
ええっ、そんな認識・・・。
王妃様が手を合わせて軽くパンと叩いた。
「ダンタルニャン、この度の呼び出しに快く応じてくれて有難う。
感謝しているわ」
「いいえ、臣下の役目です」
「今回はちょっと難題になるのだけど、それでも頼りにしてるわよ」
カトリーヌとポール殿はウンウン頷いていた。
ボルビン殿は小難しそうな顔。
俺は王妃様に応じた。
「何なりとお申し付けを」
これ以外の言葉を思い付かない。
「簡略して言えば、イヴを守っていて欲しいの」
簡略し過ぎだろう。
何が起きている、いや、起ころうとしているのか。
王妃様が俺の疑問を読み解いてくれた。
「最初から説明するわね。
そもそもは、実家からの使番よ。
私の実家は因幡にあるの。
子爵家よ。
それを継いだ兄から封書が届けられたの。
・・・。
父が亡くなった、そう報せて来たの。
・・・。
別に悲しくはないわ。
人は必ず死ぬ定めにあるのだから。
父の場合は十分に生きたと思う。
酒々々、酒の収集と称していたわね。
志の途上にて亡くなった人に比べると幸せだったと・・・」
言葉が途切れた。
おそらく弑された夫、国王陛下を思い出されたのだろう。
彼の方は実兄と実弟に裏切られた。
有力な血縁の者達がそれに続いた。
俺は王妃様に、急いて先を促さない。
目も逸らさない。
ただ、待った。
それは同席していたカトリーヌ、ポール殿、ボルビン殿も同じ。
身動き一つしない。




