(どうしてこうなった)4
俺は屋敷へ急ぎ戻った。
まだ迎車の姿はない。
執務室で仕事をしながら待つ事にした。
自慢ではないが、暇潰しの仕事には事欠かない。
それほど待たされなかった。
一山片付けた頃合い、門衛が迎車の到着を告げに上がって来た。
「王宮からの迎車が到着しました」
遅れて、玄関で待機していたスチュアートが戻って来た。
「近衛のエリス野田中尉がお迎えに参られました。
迎車が三輌、護衛が二十騎です。
ダンカン執事長が中尉を一階の応接室に案内されました」
屋敷警備責任者のウィリアム佐々木と、侍女長のバーバラをお供に、
俺は一階の応接室に向かった。
ウィリアムが階下へ下りながら疑問を呈した。
「私共の同席が必要なのですか」
バーバラも同意した。
「ええ、そうですわよね」
「二人の立ち合いが必要、と予感が告げたんだ」
「「予感ですか」」
羊羹ほど美味しくはない予感だが、時として兼ね備えている時もあった。
俺達の入室に合わせてエリス野田中尉がソファーから立ち上がった。
俺を見て、何時もの様に淡々と述べた。
「王妃様のご指示でお迎えに参上いたしました」
「ご苦労さん。
お茶を飲む暇はあるかい」
「はい、問題ありません」
エリスの相手をしていたダンカンが書状を俺に手渡した。
「野田大尉殿から預かりました。
王妃様からだそうです」
俺はそこでエリスの階級章に気付いた。
「おお、昇進なさったんですね。
大尉昇進お祝い申し上げます」
エリスが真顔で返礼した。
「それもこれも伯爵様のお陰です」謙遜するエリス。
「いいえいいえ、エリス殿の実力ですよ」
「今回の昇進に伴い、
私が正式にイヴ様の供回りの責任者になりましたので、
今後とも宜しくお願い申し上げます」
これまではカトリーヌ明石大尉、今は少佐、が任じられていた役目だ。
俺はエリスに尋ねた。
「だとするとカトリーヌ明石少佐も昇進ですか」
「ええ、中佐になられました。
正式に近衛軍調整局長です」
ほほう、着実に将官への階段を上がっているではないか。
知らぬ人ではないだけに色々な意味で嬉しい。
俺はエリスにソファーに腰を下ろす様に促した。
エリスの連れは三名、副官と護衛だ。
その三名がソファーの後ろに控えた。
俺の方は、ダンカン、スチュアート、ウィリアム、バーバラ、
そして護衛が二名の大所帯。
こちらもソファーの後ろに控えた。
メイドが腰を下ろした俺とエリスの前にお茶を置いた。
急ぎだと分かっているので飲み物だけ。
俺は軽く口を付けた。
これはっ、俺様用に調整された甘口の珈琲だ、美味い。
王妃様からの書状を改めた。
手跡は見慣れた王妃様付の書記のもの。
本文もそう。
末尾のサインのみが王妃様の手になるもの。
何時もの仕様だ。
そこに一点の曇りもない。
俺はエリスに尋ねた。
「大尉殿、今回のお招きの主旨を聞いていますか」
「いいえ」
エリスの顔色から、立ち入りたくない雰囲気が伝わって来た。
彼女は厄介事と察しているのだろう。
書状にも主旨は書かれていない。
書かれているのは、これからの手筈のみ。
文脈から推測し、家臣達に説明した。
「僕は一ㇳ月ほど、王宮に詰める事になった。
その間は連絡が遮断される」
ダンカンが尋ねた。
「いやに急ですね」
「それだけの事態という事だ」
「・・・承知しました。
して、当家としては」
「対外的には、何事も起きていない様に装って欲しい。
勿論、学校には休学届を提出のこと、これは執事長に頼む。
伯爵様は急用で領地の視察に出た、それで誤魔化せると思う。
一ㇳ月で済むわけだからね。
・・・。
国都の統括はダンカンに委ねる。
ウィリアムとバーバラはそれを助けてくれ」
三人が素直に頷いた。
俺は続けた。
「美濃はカールに委ねる。
そのカールへの連絡は兄のポール殿が行うそうだ。
一応宮殿から、僕も書状を送っておく」
ウィリアムに不安気な表情で尋ねられた。
「伯爵様はお一人ですか」
「すまん、それを今説明する。
人員は限られている。
執事一名、メイド二人、護衛三名。
足りないところは王宮から人を出してくれるそうだ」
急な事で当家は大騒ぎになった。
人員の選定に、一ㇳ月分の荷造り。
俺以外が走り回った。
俺はエリスと四方山話に興じた。
年齢差はあるが、そこはエリスが切り開いてくれた。
アルファ商会とオメガ会館に興味があるようで、詳細に質問を重ねた。
いやいや、興味を超えた質問が多いのだが。
俺は思い切って尋ねた。
「大尉殿、もしかして商売に興味がおありで」
エリスが胸を張って答えた。
「当然でしょう。
退官後に備えるのは軍人の常識です」
「尉官ですと男爵の爵位が得られる訳ですが、
大尉殿の場合は年齢的に佐官に進まれると思います。
勤続年数をクリアすれば年金がありますよね。
子爵位に年金、鬼に金棒ではないですか」
「それだけでは詰まらないでしょう」
そこでエリスは背後に控える者達の存在に気付いたらしい。
軽く咳払いして、誰にともなく言い訳した。
「とにかく、営舎暮らしの私共にとって生の情報は貴重なのよ。
そうよね、みんな」
副官と護衛の三名が深く頷いた。
四方山話と思っていたのだが、驚いた。
軍人の営舎暮らしが察せられた。
うちの大人達は仕事が早い。
ダンカンが報告に来た。
「人員の選定と積み込みを終了しました。
何時にても発てます」
エリス達と玄関に出た。
俺に付く人員が待機していた。
執事はスチュアート、メイドはジューンとメイド長のドリス。
護衛はウィリアムが薦めたユアン、ジュード、オーランドの三名。
「騎乗の必要があった場合に備えて騎士団から選出しました」
今回は迎車での移動だから、騎乗する機会は来ないかも知れない。
でも、万一に備えるのは軍人の務めだ。
異論はない。




