(どうしてこうなった)1
俺は執務室に入ると真っ先に、
関東の反乱に関する件の報告書に目を通した。
美濃地方の寄親伯爵代理・カール細川子爵から送られてきた物だ。
執事長・ダンカンが先に目を通して説明してくれたが、それは概要だけ。
こちらの報告書はそれをより詳細に記していた。
今のカールは多忙なはず。
美濃地方の寄親伯爵代理、そして領都・岐阜の代官。
美濃地方全体を統括し、治める役儀。
文字にすると簡単だが、実務となるとそうではない。
地方の、所謂、三権の長なのだ。
加えて自身の、子爵としての領地もある。
妻もいる。
ありがとうカール、ちゃんと休養は取っているよね。
カールは国軍出身だけに、的を得た報告書に仕上げていた。
俺は念の為、二度読みした。
そして一つの疑問に辿り着いた。
どうして籠城・・・、援軍が来る訳でもないのに。
悪足掻きか、それとも単に意地か。
カールはその点に関しては、報告書では何も述べていない。
判明した事柄を時系列で正確に記しているだけ。
カールが自説を述べれば、それに俺が引き摺られる、
それを避けたのだろう。
ありがたいことだ。
俺はダンカンに尋ねた。
「これを読んで思った事は」
ダンカンが即答した。
「籠城の意味が分かりません」
「だよね、僕もそう思う。
籠城した三人の性格を知っていれば、それなりの解釈が出来ると思うが、
生憎、年代が違う上に、伝手もない。
だから、俺達の脳味噌をフル回転させるしかない」
ダンカンは一考した上で述べた。
「私共にとって最悪の状況を考えましょう。
それは、一つ、援軍が加勢に来る。
二つ、長期籠城していると取り巻く状況に変化が生じる、ですかね」
その二つの指摘はもっともだ。
まず援軍。
その可能性があるのは。
距離からすると東北代官所そのものか、その傘下の寄親伯爵になる。
しかし、東北代官所は旗幟を鮮明にした。
官軍への味方を宣し、兵糧を提供した。
となると、寄親伯爵の誰かが籠絡されたのか。
それは一人か、二人か、それとも三人。
人数はともかく、挙兵すれば東北代官所に潰されるは必定。
その様な状況での挙兵は現実的ではない。
二つ目の、取り巻く状況が変化し、それが反乱軍に有利に働く。
それは、・・・。
考え得るのは西の反乱。
現状は五分であるらしいが、それは官軍が無理押ししないから。
戦線各所で地道にコツコツと前線を押し上げ、時に応じて下げ、
一進一退を繰り返していた。
地力の差があるので、反乱軍の疲弊を狙っているのだ。
その様な状況下で覆せるのだろうか。
さっぱり分からない。
だから俺はダンカンに丸投げした。
「この手の分析が出来る人材が欲しい。
急がなくても良いから、しっかりとした者を家臣として雇用してくれ」
「参謀ですね」
「贅沢かも知れないが、軍事だけでなく、
経済や農業などの知識がある者が欲しい。
幸い、当家はお金だけは余ってる。
足りないのは有能な専門家だ。
それぞれの専門家を複数名雇っても問題ないだろう」
ダンカンが良い笑顔。
「はい、承知しました」
当家はお金だけは余ってる。
大樹海を抱える木曽からの収入が桁違いに多いのだ。
これは、これまで曖昧だった官民のボーダーラインを、
明文化して定めた事が大きい。
お陰で官は、無駄が省け、支出が減った。
対して民は、法の範囲内であれば自由に商売が出来るようになった。
原材料が近場で狩れる大樹海の魔物なので、
目端の利く者達の流入が増え、新たな商会や工房が設立された。
明文化はカールが主導した。
税収が跳ね上がった事で、明文化の意義が立証された。
そのカールは現在、美濃地方の寄親伯爵代理、領都・岐阜の代官兼任。
頼むぞカール、俺が成人するまで。
たぶん、十四か、十五、十六の何れかで成人する見込みだから。
お金に関してだが、俺個人の資産も大きく膨れ上がった。
一つは、ポーション工房とテニス工房を営むアルファ商会。
もう一つは岐阜にて貸しホールとレストランを営むオメガ会館。
この二つからの上がりも桁違いなのだ。
東西三か所で反乱が勃発しても、遠隔地との判断なのか、
この山城を中心とした畿内経済圏は無風の様で、
殊に富裕層が俺の店に行列を成すのだ。
ありがたい、ありがたい。
俺の仕事量は、ダンカンとカールの肩代わりもあり、意外と少ない。
ほとんどは確認作業と署名。
でもそれらしく、立ち上がって肩を回した。
「これからアルファ商会に顔を出す。
ダンカン、手配宜しく」
急に行きたくなった。
なのにダンカンは嫌な顔一つしない。
「承知しました。
馬車と警護の手配をします」
そのダンカンを、俺のメイド・ジューンが呼び止めた。
「執事長、ちょっと待って。
馬車は天気が良いからカブリオレにしましょう」
初期からの使用人同士なので遠慮がない。
ダンカンは俺にも聞かずに了承した。
「スチュワートは馬に乗せましょう」
現在、ダンカンの下に平の執事が二人付いていた。
コリンとスチュアート。
コリンはダンカンの補佐。
残ったスチュアートが俺の従者。
馬車がカブリオレとなると、馭者は当然スチュアートなのだが、
今回の様にメイドが出しゃばって来る。
特にジューンが。
バーバラが侍女長、ドリスがメイド長に昇格した事により、
ジューンは遠慮がなくなった。
俺を弟の様に扱う。
それを周りも許す。
まあ、仕方のないことだが。
お茶で一服してから玄関に下りるとカブリオレが待っていた。
ところが馭者席にジューンの姿がない。
不審顔の俺に見送の一人、バーバラが言う。
「申し訳ございません。
ジューンがちょっと遅れています。
女性だから着替えに時間がかかるのかも知れませんわね」
「着替え・・・」
「ええ、着替えです」
そこへ息せき切ってジューンが駆け込んで来た。
メイド服から乗馬服に着替えていた。
ジューンが頭を下げた。
「遅れて申し訳ございません」
「それは良い。それよりその乗馬服は」
「馭者服が地味なので、皆の意見の結果、乗馬服になりました。
似合いませんか」
皆の意見なのか。
それはそれは。
似合ってるから良いか。
バーバラが俺に手を差し出した。
「さあ、お乗りくださいませ」
エスコートされた。
ジューンを見遣ると、彼女はあたふたとした足取りで馭者席に収まった。
 




