(西部戦線は異状ばかり)12
アリスは珍しく思慮に思慮を重ねた。
結果、『もう一つの方へ行こうか』そう口にした。
『『『は~あ』』』
妖精達の目が点になった。
噴き出すハッピー。
『プップップー』
アリスは言葉足りずだと気付いた。
狼狽えながら言葉を繋いだ。
『あれよあれ、えーと、そうそう、もう一つの反乱の方よ』
妖精の一人が突っ込んだ。
『つまり名前も地名を忘れたのね』
『そうとも言う』
『仕方ないわね。
良いわよ、行きましょうか』
別の妖精がその妖精に突っ込んだ。
『で、もう一人の反乱首謀者の名前は』
妖精達が口を揃えた。
『『『・・・、そう言う貴女は知ってるの』』』
『知らんがな。
そもそも興味がなかったから、聞いてないでしょうよ』
誰も名前も地名を覚えていなかった。
それを、誰も聞いてない、そう結論付けた。
そんな訳でアリスのエビス飛行隊十五機は王都上空から飛び立った。
一旦、薩摩に戻るのではなく、新たな航空路に挑んだ。
ナビを頼りに北東へ向かった。
『ペー、大雑把だっぺー』
ハッピーが先行きを心配した。
アリスが言い返した。
『そんなに心配すると禿げるわよ』
『ポー、失礼な、スライムは禿げへんだっぺー』
『そうか、最初から禿げてるんだっけ』
ハッピーが機体をアリスの方へ向けた。
機首で体当たりして来た。
『パー、天誅天誅、天誅虫の産婆』
アリスは機体を反転させて躱した。
『およよ~ん体当たり君』
『プップップーだ』
ハッピーが執拗にアリスを追う。
妖精達やダンジョンスライムは睡眠や食事は嗜好品であって、
必ずしも必要とする物ではない。
興味が湧けば食べるし、昼夜関係なく寝ようと思えばどこでも寝れた。
エビス飛行隊は眼下に広がる砂漠に飽きていた。
食指をそそる物がないのだ。
特に果物、魔物が。
オアシスで休むなんてのは論外だ。
人や四つ足共の声や臭いが特にだ。
アリスが先頭を逃げ、それをハツピーが追う展開が続けられていた。
この二人は遊びに飽きない性格のようで、他の者の顰蹙を買っていた。
突然、アリスが声を上げた。
『お~お、砂漠の終わりが見えた』
遥か彼方に緑の山塊があった。
『パー、九州だっぺー』
飛行隊は速度を上げた。
瞬く間に山塊の頂き。
ホバリングして先を見た。
どこまでも続く山々々々・・・・。
妖精の一人が呟いた。
『もしかして北の大山岳地帯・・』
ハッピーが同意した。
『ピーピッピッピー、ピンポン。
アリスが飛行経路を間違えたっぺー』
別の妖精が断言した。
『その様ね、少し北へ逸れたみたい。
ここは大山岳地帯の最西端ね』
アリスが言い訳した。
『女神さまのお導きね。
きっと、里に寄りなさい、ということね』
このまま飛ぶと妖精の里の上空に達するだろう。
☆
このところ、俺は朝のルーティンに一つ、ナビ確認を追加した。
アリスとハッピーの移動経路を確認する必要性からだ。
あの二人は尋ねないと説明しない。
だから眷属のマスターとしては当然のこと。
ナビは正直に眷属の行動を記録していた。
何処を通過したか、今どこに居るのか。
四国から九州へ至り、砂漠地帯、コラーソン王国、砂漠地帯。
何を仕出かしたかは分からないが、
飛行経路は手に取るように把握できた。
今、その飛行隊は妖精の里方向へ向かっていた。
たぶん、里帰りなのだろう。
今日は学校はお休み。
だからといって気は抜けない。
伯爵として二度寝は許されないのだ。
ダンタルニャンが起きると同時に伯爵家が本格的に動き出すからだ。
何時もの様に軽くランニングで身体を解し、
執事長・ダンカンのブリーフィングを聞きながらモーニング。
ああ、なんて味気ない。
それに気付いたのか、ダンカンが苦笑いしながら言う。
「関東の反乱の最新情報を執務室に届けて置きました」
首謀者は関東代官のトム上杉公爵。
一時は関東全域を支配下に置く勢いであった。
しかし、その勢いは長くは続かなかった。
ヒュー細川侯爵とレオン織田伯爵の投入により勢いに陰りが出た。
関東の北からヒユー細川侯爵率いる関東遠征軍が南下。
西から密かに浸透開始した織田家が南関東を解放して北上。
そして、アリス飛行隊の乱入もあった。
あろうことか反乱側の一人、ドリス北条伯爵を戦死に追い込んだのだ。
「反乱軍は壊滅同然で、武蔵地方へ逃走した、そう聞いたが」
「はい、会戦は大勝利でした。
デリー小笠原伯爵、ジェイソン宇都宮伯爵、アンセル千葉伯爵、
この三伯爵を討ちました」
反乱軍を構成するのは六人の伯爵と首謀者の侯爵。
四人の伯爵の戦死に伴い、
残りはトム上杉侯爵、ウィル太田伯爵、アンドリュー熊谷伯爵の三人だけ。
が、その三人が手強い。
特にトムとアンドリュー。
代官と関東軍司令官であっただけに関東の地理に精通していた。
それだけに良き地にて再起を図るだろう。
そしてウィル、彼はトムの実弟なので降伏は望めない。
最後までトムに従う、そう見られていた。
「その最新情報は」
「反乱軍が忍城郭都市に籠城したそうです」
「袋の鼠か」
「はい、ですが、かなり練られているそうです」
ダンカンの表情が緩む。
関東の状況を楽しんでいるようだ。
まあ、他人事だし。
「その練っている、とは」
「忍城は北に利根川、南に荒川が流れていて、
その影響で小さな川が無数にあります。
さらに沼地も同じく」
「つまり平野部ではあるが、大軍の展開には不利ということか」
「はい、それだけではありません。
反乱軍が全ての河川の堤防を切り崩し、
城郭の周囲を水で満たしたそうです」
水に浮かぶ城、・・・か。
「随分と思い切ったな」
「はい、周辺は元々が湿地帯。
今回の事で更に地盤が緩くなりました」
「すると織田家のゴーレムの出番はなくなった訳か」
重量のあるゴーレムが沼地を平然と歩く姿が思い浮かばない。
だけでなく、水が引いても大軍は動かせない。
沼地が人の足で汚泥と化すからだ。
となれば水を塞き止め、地盤が乾燥するまで待つしかない。
しかし土地勘のある反乱軍なら、
闇夜に紛れて塞き止めた箇所の破壊が出来る。
これでは千日手ではないか。




