(三河大湿原)14
階上で子供達が騒いでいた。
どのような状態なのか、声から推し量れた。
ダンタルニャンが玩具にされ、嬉々としている様子。
兄弟三人が久しぶりに揃ったので嬉しいのであろう。
アンソニーは目を瞑ることにした。
奥の小部屋に佐藤家の大人達が集まって来た。
妻・グレース、父・ニコライ、母・エマの三人が怪訝な表情を浮かべ、
テーブルについた。
アンソニーが三人を見回した。
「ダンタルニャンです。実にまずい事になった」
キャラバンでのダンタルニャンの行動を説明した。
最初は砦跡でのEクラスの魔物・パイアとの遭遇戦。
ダンタルニャンが獣人より先に気付いて、
短弓で大人顔負けの手腕を発揮してパイアを次々に射殺した。
次に三河大湿原。
ここではジャニス織田の一行に遭遇し、争いになりかけた。
その際、ダンタルニャンがこれまた大人顔負けの交渉術を発揮した。
お陰で、難関を切り抜けられた。
帰路ではCクラスの魔物・ヒヒラカーンと、
Dクラスの魔物・モモンキーの群の奇襲を受けた。
それを事前に察知したのもダンタルニャン。
手柄を立てたのもダンタルニャン。
ヒヒラカーンの首を斬り落とした際に見せた跳躍力と剛力は、
明らかに児童のそれではなかった。
控え目に見ても獣人と同等か、凌ぐか・・・。
アンソニーの危惧が分かったのか、三人は顔を見合わせた。
「つまりお前はダンタルニャン一人が傑出し、
他の兄弟とは比べものにならぬ、このままでは兄弟の不和につながる、
こう言いたいのだな」とニコライ。
「はい、このままですと何時か誰かが、
ダンタルニャンのことをジョナサン様の加護を持っている、
とか言い出しかねません」
「ジョナサン様の加護、なんてのがあるのか」
「ダンタルニャンの桁外れ振りが説明出来ぬから、
ジョナサン様の加護で説明するしかないでしょう。
それに実際、ジョナサン様を祭っている神社では、
ジョナサン様の加護の御札を売っています」
「ご先祖様は武神であったな」ニコライは考え込む。
佐藤家初代のジョナサンは藤氏王朝創建に多大な貢献をした。
ことに弓馬では第一席の功と評された。
頭髪が白銀であったことから、「白銀のジョナサン様」と呼ばれた。
その為か、今でもジョナサンを武神の一柱として祭る神社が多い。
「子供だけだと仲の良い兄弟で済ませられるけど、
大人になると他人が周りに集まって来るから難しくなるわね」とエマ。
「娶れば余計な気苦労も増える」とアンソニー。
グレースが軽くアンソニーを見た。
「あら、私にも何か・・・」
「いやいや、娶れば外戚が五月蠅くなる、という話だ。
お前やお前の実家には感謝しかない。本当だぞ」
ニコライが苦笑い。
「お前達の仲が良いのは、みんなが知っている。
でもほどほどにしておけ、聞かされる方は堪らん。
さて、みんなが幸せになるには、どうするか・・・」
兄達が俺を玩具にしたのは一晩で終わった。
と言うか、兄達は冬期休暇だが、村塾に長い休みはない。
子供達は親の仕事の邪魔になるので、
年末ギリギリまで村塾に通わされる。
俺もその一人。
座学が終わると昼食のパンを片手に村塾から飛び出した。
横目でケイトを探した。
いない。
ケイトの姿がない。
守り役なのに、どうしたのやら。
ケイトのことは忘れて山に駆け入った。
探知スキルで尾行がないことを確認した。
周辺にもいない。
向かう方向にもいない。
適当な広さのところで足を止めた。
俺は心を鎮めた。
深呼吸し、丹田に集中した。
慣れているので直ぐに熱い物を感じた。
掌を前に差し出し、カールが出して見せた水球をイメージした。
違和感。
掌にジワジワと違和感。
掌から水が滲み出る感触。
けれど出そうで出ない。
イメージを切り替えた。
水道の蛇口をイメージした。
レバーハンドルタイプ、そのレバーを掌で押し下げるイメージ。
プワッと水球が掌の下に出現した。
「ただの水。注意、飲めません」鑑定スキル。
「新たなスキルを獲得しました。水の魔法☆」脳内モニターに文字。
ついでに火の魔法に挑んだ。
すると、「分析していません。再現不可です」実に残念なお知らせ。
キャラバンから戻って四日目の朝だった。
俺は屋敷の庭先に呼び出された。
俺だけではなかった。
村の主立った者達も呼び集められていた。
兄達もいた。
カールもいた。
ケイトもいた。
でも俺には近寄らない。
「何があったんだ」みんな額を寄せていた。
暫くすると祖父と祖母、そして母を従えた父が現れた。
父が一同を見渡して言う。
「よく聞け。
ダンタルニャンを国都に送り、幼年学校の試験を受けさせる。
落ちた場合は私立の学校に入学させる。
当人が冒険者を望んでいるので・・・、
ここで平民に落として送り出す」
父が母の背を押した。
いつもは明るい母だが、今日は暗く沈んでいた。
小刻みに震える足取りで俺に歩み寄って来た。
目尻に涙の跡。
俺を見て奇異な笑みを浮かべ、握り締めた小さな手を差し出した。
何も言わない。
開いた掌には認識票、タグがあった。
普通は成人してから貰うもの。
俺に母の震えが伝染した。
タグを受け取ろうにも、手が動かない。
精神年齢は高いと思っていたが、そうでもないらしい。
素の自分は子供のままらしい。
母が俺の首にタグをかけてくれた。