(西部戦線は異状ばかり)11
アリスは迷った。
すると別の妖精が言う。
『攻撃魔法だと瓦礫の山は築けるけど、殲滅の確認が出来ないわ。
瓦礫と瓦礫の隙間や、地下で生き残る可能性があるでしょう』
確かにそうだ。
地下室や下水道等に逃れれば生き残れる可能性が高い。
アリスは王宮を見下ろした。
逃げる騎士団を追ってライトニングタイガーが王宮区画侵入を果たした。
これにその家族が続いた。
アリスは決断した。
『王都全体を大樹海にするわ。
だから皆で公園や庭園の木々や草を急成長させるわよ。
ついでに個人宅の小さな庭や、窓際の鉢植えもね』
妖精魔法で植生を急成長させる。
水堀と外壁、そして急成長させた植生があれば火災から王都は守れる。
大樹海大樹海、おお愉快。
ハッピーが大喜び。
『パー、任せて任せて。
食虫植物を増やしてやっぺー』
アリスはやる気満々のハッピーに別の指示をした。
『ハッピーには跳ね橋を頼みたいの。
あれが壊れると困るのよ』
ハッピーが応じた。
『ピー、そうか、地竜だッペー』
『そう、そうよ。
体重のある連中がそろそろご到着よ。
だから跳ね橋がどこまで耐えられるか分からないの。
水の流れを狭めても構わないから徹底して強化して。
百年とは言わないわ。
千年でも万年でも持つ様にして』
『プップー、無茶苦茶な注文だっぺー。
ほんでも任せて、任せて、やっぺーよ』
植生の急成長と聞いて妖精達は大喜び。
破壊より物作り。
これは妖精やダンジョンスライムにとっては習い性のようなもの。
即座に散開し、競う様に公園や庭園を見つけては降下して行く。
仲間達の様子をアリスは指を咥えて見ているだけ。
それは指揮官としては当然のこと。
状況の推移を見て必要とあらば適時に修正の指示を出す。
それが指揮官の役割。
アリスとしても理解していた、が、深く長い溜息。
ドスドスと地響き。
恐れていた地竜の群れが来た。
ワイバーンの種から枝分かれした魔物だ。
翼がないだけで、攻撃力はワイバーンにも匹敵する。
早い話、大型トラック。
それが跳ね橋の耐久性を考慮せず、火災から王都に逃れようと、
必死こいて跳ね橋を渡った。
その様子を、アリスは妖精魔法で鑑定した。
一頭目異状なし、二頭目異常なし、三頭目も異状なし。
結果、群れ十二頭が渡り終えた。
跳ね橋の耐久性に変化なし。
どこから来たのか、ハッピーがアリスの背後に回り込んでいた。
『ペッペー、大丈夫だっぺー』
『そのようね、感謝するわ。
ついでにもう一つ、頼まれてくれる』
『ポー、ぽっぽー』
『外郭に人間のエリアが必要だと思うの。
魔物が入れないエリアがね』
ハッピーは暫く考えた。
けれど理解出来ない様子。
それはアリスが肝心の事を言わないのだから仕方がない。
『パー、分かんない』
アリスは説明した。
『大樹海に育つまでの間、魔物達の食糧が不足すると思うの。
獣達も逃げ込んで来たけど、それでも初期は確実に不足よ。
そこで人間よ。
エリアで美味しい生餌として育って欲しいの。
どうかしらね』
ハッピーが小躍りした。
『パー、アリス、頭良い。
やるやる、生餌のエリア作るっぺー』
飛ぼうとするハッピーにアリスは注意した。
『作るのは外郭だけよ。
内郭には作らなくて良いからね。
エリアに貴い血とか青い血は必要ないからね』
『ピー、分かった、でもどうしてだっぺー』
『人間は青い血は持たないの。
青い血は水棲の生き物に多いの。
タコやイカがそうね。
それを食べると魔物でもお腹を壊すわ。
だから赤い血限定』
アリスは王都の周辺を見回った。
間近に火災が迫っているので、避難民も魔物達も必死。
喰い争うのではなく、逃げ足を競う様にして駆けた。
我先に、我先に、我先に・・・。
足の遅い家族や仲間に背を向け、躊躇い一つなく駆けて行く。
送れたもの、疲れて倒れたもの、
それらが赤い炎に飲み込まれて行く。
アリスは再び王都に入った。
全体を見回した。
仲間達が得意分野に集中した成果が見えた。
至る所で緑が増えていた。
公園や庭園の樹木や芝生が野生の様に伸びていた。
個人宅の生垣もそう。
縦に横に育っていた。
蔦に覆われた家屋も散見された。
一挙に十年ほどの成長ではなかろうか。
あっ、池の鯉が跳ねた。
バッシャーン。
亀が迷惑そうに池の縁から顔を出した。
・・・、鯉も亀も成長が著しい。
2メートルに3メートル。
えっ、まあ、1メートルの蜻蛉や蝶は可愛いもの、目を瞑ろう。
んっ、・・・蜻蛉や蝶も食用になる感じがした。
羽根が目立つが、太い部分もあるのだ。
ここはこのままでは魔境になるのではなかろうか。
アリスが呆れていると仲間達が次々に集まって来た。
『どうよどうよ、アリス。
私の傑作を見てくれた』
『いやいや、私の方こそ傑作よ』
『なら私のは芸術だわね』
姦しい仲間達だ。
褒めるべきか否か、とっ、下で樹木が走り出した。
アリスは思わず尋ねた。
『誰よ、トレントを造ったのは』
一人が手を上げた。
『拙かったかしら』
『驚いたのよ、よく造れたわね』
『へっへっへー、でしょう』
最後にハッピーが来た。
『プー、エリアを作り上げたっぺー』
『魔物は侵入できないのね』
『ペー、当然だっぺー』
ハッピーが皆をエリア上空に案内した。
王都外郭の四分の一近くが新たな土壁で囲われていた。
魔物の数が少ない所を選んだ様で、ハッピーにしては慧眼だ。
その少ない魔物の討伐に人種は躍起になっていた。
頑張ってくれ、そうアリスは願った。
妖精の一人がアリスに尋ねた。
『次は国軍の殲滅ね』
『そうなのよね、・・・。
でも、もういいかな』
『どうしたの』
別の妖精が言う。
『国軍は、本国との連絡が途絶えれば、戻って来るしかない訳でしょう。
つまり、殲滅する意味がなくなった、そう言いたいのでしょう』
『『『そうか、そうよね』』』
アリスも同意した。
『なのよね、次はどうしよう。
どこへ行こうかしらね』




