(三河大湿原)13
着地した俺の足下にヒヒラカーンの首が落ちて来た。
もの凄い形相。
口に三本の矢が突き刺さったまま、俺を睨み付けていた。
恐い、怖い。
首を失ったヒヒラカーンがドッと前のめりに倒れた。
俺は今日までの鍛錬の成果を目の当たりにした。
日頃、素の体力をつける為に山野を駆け回っていたが、
一方で人目のない所ではEP付加も合わせて行っていた。
そこそこの自信はあった。
しかし、ここまで上手く行くとは思わなかった。
Cクラスの魔物を相手にしてよく倒せたものだ。
我に返った。
まずい。非常にまずい。
Cクラスの魔物を単独で斃す九才児はまずいないだろう。
背後ではモモンキー相手に戦う物音が続いているが、
幾人かは俺の行動を見ていた筈だ。
ケイトは確実に・・・。
恐いので後ろは振り向かない。
鑑定君の出番だ。
短剣の血を拭って鞘に戻し、ヒヒラカーンを鑑定した。
魔卵の有無は、・・・有り。
位置も特定した。
解体用のナイフを抜いた。
鳩尾の下にスッと差し込んだ。
切れ味は抜群。
分厚い胴体をスイスイ切り分けて行く。
直ぐに魔卵を見つけた。
大きい。
初めて目にする大きさだ。
大人の拳の大きさだ。
流石にCクラスの魔物。
期待を裏切らない。
魔卵を取り出すと背後から声がかけられた。
「立派な魔卵だな。血で汚れているから洗おうか」とカール。
水魔法で水球を出して魔卵を持つ俺の手元に乗せてくれた。
前回の水球とは感触が違う。
どうやら、粘着力の違いらしい。
「前回のはただの水球で、今回のは浄化の水球です」鑑定スキル。
血で汚れている俺の両手と魔卵に纏わり付き、
綺麗サッパリ洗い流してくれた。
「浄化の水球の分析が終わりました。
EPで再現可能です」これまた鑑定スキル。
カールが呆れたような顔で言う。
「ダンタルニャン様には驚かされますね。
よくヒヒラカーンを倒せたもんです」
「Cクラスでも弱点はあります。
ブレス直前です。
口を大きく開けて狙ってくれと言わんばかりに、
晒しているんですからね」
俺の模範解答にカールは苦笑い。
「それはそうなんだが、あの迫力を目の当たりにしたら、
普通の奴は口内は狙わない。
失敗したら次の瞬間には自分が焼き肉だからな」
キャラバンは予定通りに十日ほどの旅程を続けた。
残りの間、みんなの雰囲気が変わっていた。
原因は俺。
俺を見るみんなの視線の色が違った。
恐れ、怖れ、畏れ、そして戸惑い、困惑、疑義・・・。
カール以外、誰もヒヒラカーンに関して何も問わない。
ケイトを含めて子供達は、誰一人、俺に積極的に関わろうとはしない。
肝心の父は隣の馭者席で考え事している時間の方が多かった。
色々あったキャラバンだったが村に戻るや、
途端に重い空気が吹き飛ばされた。
キャラバン隊が屋敷の表に止まるやいなや、
待ち兼ねていたかのように兄二人が飛び出して来た。
六つ年上の長男・トーマスと五つ年上の次男・カイル。
領都の幼年学校で学んでいる十五才と十四才が、
目を輝かせて俺に突進してきた。
馭者席から降りた俺を二人して捕らえると父に挨拶をした。
「二日前に戻りました。
風呂を沸かしているので、ダンを借ります」
父の返事も待たずに俺を小脇に抱えるようにして屋敷に駆け込む。
二人の様子から何が起こるのか分かった。
好奇心旺盛な少年らしい行動だ。
黙ってされるがままにした。
二人は俺を素っ裸にすると風呂に投げ込んだ。
湯水をかけながら頭を洗った。
「本当に色が落ちない」
「白銀のままだよ」二人して笑う。
兄達は冬期休暇に入っていた。
二ヶ月の長い冬期休暇。
年末年始は王家だけでなく貴族一般に言えることだが、
行事が押し詰まっていた。
その影響で全ての学校は、「十一月卒業、二月入学」と、
貴族の子弟が帰省し易いように配慮されていた。
「兄さん達、戻って来るのが遅かったね。
どうしたの、途中で道草」
「いや、父上からの指示で美濃地方を回ってきた。
魔物の大移動は聞いているだろう。
それを迎え撃つ準備がどうなっているのか見てこい、
そう指示されたので様子を探ってきた」
「で、どうなってるの」
「木曽谷の大樹海から美濃の領都に繋がる街道に、
何カ所も砦が設けられた」
「砦で防げるの」
カイルが肩を竦めた。
「さあ・・・。
軍隊が攻めて来るのなら足止めにはなると思うが、相手は魔物だ。
どう襲撃するのか想像できない」
トーマスが遠くを見る目をした。
「その前に来るかどうかも、よく分からない。
確実に来るのなら予算もかけられるが、あれ以上は無理だろう。
空振りだと寄子の貴族達に批判されるからな」