(西部戦線は異状ばかり)1
俺はカトリーヌの顔を二度見した。
彼女が言外に言わんとする事は分かった。
ぼったくり。
たが、敢えて尋ねない。
じゃがね、じゃがじゃが。
藪を突っついて蛇を出したくない。
「伯爵様、当官は兼任の仕事が増えて忙しくなります。
そこで、伯爵様専用の連絡役を置きます」
カトリーヌが意外な事を言う。
俺専用の連絡役、・・・なのか。
彼女の背後から副官が前に進み出た。
「エリス野田中尉です」
疑問顔の俺にカトリーヌが言葉を継ぎ足した。
「調整局の局長兼任を申し渡されたの。
だから急ぎの用がある時はこの野田中尉にね」
近衛軍調整局は、近衛と国軍、宮廷、三者の調整を担う役職。
アルバート中川中将がその局長だったのだが、
テックス小早川侯爵の一件に加担したのが露見し、
密かに逮捕隔離された。
対外的には病気療養という名目で休職。
実際には【奴隷の首輪】を装着の上、近衛軍内で尋問を受けていた。
おそらく、自白の内容を確認、余罪を調べた後に病死させられるだろう。
局長が中将だから、カトリーヌも直ぐに中将とは言わないまでも、
何れは中将に昇進か。
しかし、部外者が大勢いる場所なので、この場で話題にすべきではない。
カトリーヌから視線を外し、エリスに視線を向けた。
顔馴染みだが、改めて挨拶した。
「野田中尉、宜しくお願いします」
☆
アリスとハッピーのエビス飛行隊は西へ向かった。
ただ、真っ直ぐにではない。
途中、寄り道をした。
まず、縁のある妖精の里に立ち寄った。
石鎚大樹海の中にそれはあった。
アリスの里と、こちらの里の長同士が姉妹なので大歓迎された。
次に鳥形山麓のダンジョンに立ち寄った。
ハッピーがダンジョンスライムなので、
こちらのダンマスが立ち入りを許可してくれた。
こちらは地上に展開された平地ダンジョンで、中々面白かった。
湿地帯と岩山半々のダンジョンで、様々な魔物が生息していた。
所謂、地域限定の魔物も見られた。
勿論、討伐して魔卵や有為な部位を切り取った。
三つ目は足摺岬の先の先にある大海洋。
そこで海棲の魔物を探した。
エビスの機体の完全耐水を信頼しつつ、
妖精魔法のウォータシールドで機体を覆い、
万全を期して魔物に戦いを挑んだ。
当然、ここでも切り取りを忘れない。
予定より随分遅くなったが、大海洋からでもそれは見えた。
噴煙を吐く桜島。
山容は関東の富士山に似ていた。
故に西の富士山と呼ばれていた。
そこが寄親伯爵の島津家が治める地だ。
薩摩地方と大隅地方、そして薩南諸島。
王弟の前公爵・バーナード今川が匿われている地でもあった。
エビス飛行隊の目的はバーナード今川ではない。
砂漠を渡って来たキャメンソルの傭兵団だ。
駱駝の種から枝分かれした魔物・キャメンソルの討伐をせんと、
遥々国都より飛んで来た訳だ。
キャメンソル、別名、唾かける魔物。
それも臭い唾を。
アリス達は高々度より桜島を眺めた。
それは錦江湾の真ん中にあり、薩摩半島と陸続きであった。
御岳が五つ、綺麗に並んでいた。
真ん中に一際高い中岳、それを囲む様に北岳、東岳、南岳、西岳。
その五岳は今も営業中、噴煙を上げながら、時折、小爆発を起こし、
噴石を飛ばしていた。
『危ない』
妖精の一人が南岳のくしゃみの予兆を先取りした。
ハッピーが指示した。
『ウィンドシールド展開』
現在のエビス飛行隊は新隊員が増えて十五機。
うち新顔の妖精は四人。
妖精搭乗の十四機が妖精魔法を起動した。
これまでの訓練の成果か、互いの邪魔はせず、
熟れた順次でウィンドシールドを周囲に張り巡らして行く。
エビス自体は小さい。
魔物・コールビーを模し、ちょっとだけ大きくしただけ。
大雑把に言えば、大き目のラグビーボール。
頭部、胸部、腹部を合わせて全長が70センチ。
胴回りは50センチ。
これに羽根と足が付いていた。
材質は竜の鱗とミスリルを混ぜたセラミック。
二対四枚羽根、三対六本足。
頭部にコクピット、後尾にカーゴドア。
動力源は二つ、ワイバーンのキングとクイーンの魔卵を錬金で精錬し、
仕上げた魔水晶。
エビスの口の両端の牙から妖精魔法が放たれた。
妖精十四人が連携してウィンドシールド層で飛行隊全体を包む。
当然、これにハッピーは参加しない。
ダンジョンスライム魔法が阻害因子になる懸念を考慮した。
飛行隊長・アリスが口にした。
『来るわ、衝撃に備えて』
噴火音の大津波がシールド十四層を揺らした。
機体が揺れた。
『『『キャー』』』
ほんの少し遅れて噴石が当たった。
速度があるだけに厄介だ、
人の頭ほどの物が一つ、二つ、三つ。
シールド一枚目が壊れた。
二枚目も壊れた。
三枚目も壊れた。
大海洋の深海でもこんな事はなかった。
大きな魚体の突撃には耐えたのだ。
それでも妖精達は編隊を崩さない。
誰一人として諦めない。
アリスが檄を飛ばした。
『これくらいで私達は負けない。
最後まで踏ん張るわよ』
冷静な妖精が指示した。
『壊れた者は内側に新たに張り直すのよ。
絶対に諦めちゃ駄目、自信を持ちなさい』
遅れて来た噴煙がシールドを包んだ。
アリスが言う。
『ハッピー、火山の兆候を鑑定して』
『高過ぎて鑑定は無理だよ。
でも、様子から、そろそろ収まるみたいだよ』
収まって来た。
アリスが言う。
『私とハッピーで下に向かう』
妖精の一人が尋ねた。
『危ないわよ』
『下の大樹海を調べるだけよ』
富士山の大樹海も調べた。
棲むのに適した環境ではなかったが、
それでも活火山に耐性のある魔物は存在した。
例えばドラゴン、フェニックスの類。
火山の一角に堅固な巣を構え、悠々と過ごしていた。
妖精も少しは耐性があったが、好き好んで棲む環境ではなかった。
暑いのは平気でも、熱過ぎるのは、・・・。
そこへ向かうと言う。
ハッピーが拒否した。
『僕はやだよ。
僕はか弱いスライムなんだ。
焼肉への道連れは止めてよ』




