(テニス元年)28
俺の警告が受け入れられた。
室内で本棚を動かす作業が開始された。
ドアが開けられるのに時は要しない。
ドアが少し開けられ、その隙間からこの家の執事長が顔を覗かせた。
「これは何の真似ですか」
怒っている色だが、仕事柄なのか、言葉は荒げない。
ダンカンが俺の前に出て対応した。
「こちらの伯爵に当家の伯爵様が召喚されたので、
この様な仕儀と相成りました。
出された召喚状の事はご存知ですよね」
執事長が不思議そうな表情を浮かべ、ダンカンを見返した。
「召喚・・・、何の事ですかな」
「貴方に似た執事が、その召喚状を当家に届けに参りましたのですが」
途端、執事長が後ろを振り向いた。
「ベレット、お前か」
室内から答える声。
「父上、その召喚状は私が届けました」
「私は聞いていないぞ」
「伯爵様のご指示でした。
取り急ぎと申されましたので、その日のうちに届けました」
執事長の顔色は見えないが、肩が落ちた様子から、落胆と窺えた。
それでも仕事への矜持からか、ゆっくりとこちらを振り返った。
「申し訳ございません。
伯爵と申されましたが、どちらの伯爵様ですか」
「貴方は事の経緯をご存知ない様子、お気の毒様です」
ダンカンは身体を脇に寄せて、俺を紹介した。
「こちらが当家のダンタルニャン佐藤伯爵です。
学校へ通われるお歳ですが、美濃地方を任されております。
同格の寄親伯爵です。
その同格の伯爵への召喚状、実に許し難い。
よって、この様な仕儀と相成った次第です。
既に関係方面には通達済みです。
少々の騒ぎは理解して貰えると思っています」
思案する執事長。
俺は率いて来た警護の兵士五名に命じた。
「当初の指示通りだ。
突入して敵戦力を削げ」
待ち構えていた五名はウィリアムが特に選んだ者達、
聞き返しも二の足もない。
即座に行動を開始した。
執事長を押し退けて突入。
それからは早い。
まず、伯爵の護衛二名を問答無用で斬り捨てた。
続いて執事長を含めた三名の喉元に剣先を突き付け、拘束。
最後に伯爵を取り押さえ、【奴隷の首輪】を装着した。
伯爵や執事達が抗議の声を上げる中、俺は室内に入った。
立派なソファーがあった。
早速、そこに腰を下ろした。
ダンカンはと見ると、伯爵の執務机に手を付けた。
卓上の書類を漁る。
それでも飽き足りないのか、引き出しの書類まで目を通す始末。
どうやら彼は仕事中毒らしい。
お気の毒様。
俺は後ろに控えたジューンに尋ねた。
「どう」
「どうと聞かれましても。
殿方は大変ですねとしか、・・・」
目の前に引き出された伯爵は、盛大に抗議の声を上げた。
その姿は、【奴隷の首輪】を装着されているので実に滑稽、うこっけい。
俺は【奴隷の首輪】の主人役である兵士に命じた。
「犯罪者として躾てくれ」
兵士がニヤリ。
この奴隷の首輪は、絞まるタイプ。
命令に従わぬとジワジワと絞まり、絶息寸前にまで追い込む仕様。
手違いで死んだら、それも仕様がない。
お気の毒様。
【奴隷の首輪】の扱いに慣れた兵士を起用した。
「返事は二つだけ。
はい、いいえ、それ以外は認めない。
分かったか、分かったら返事しろ」
伯爵は自分が置かれた状況が分からないらしい。
目を白黒させるだけで返事をしない。
すると首輪が反応した。
少し絞まった。
「うっ、これは」
「返事はどうした」
「くっ、はっはい」
兵士が虚実硬軟を盛り込んだ質問を連発し、伯爵を追い込んで行く。
それを横目に、俺は屋敷の執事長を呼び寄せた。
「屋敷全体に触れ回れ、伯爵は無事だと。
騎士団が動かぬ限り、伯爵や家族の安全は保障する。
ただし、不審な動きをしたらその限りではない、そう伝えろ」
執事長は即座に部屋から駆け出した。
まず三階に向かった。
伯爵の家族を説くのだろう。
「王妃様の悪口を言ってるそうだな」
「いいえ」
これで何度目だろう。
首輪が限界まで絞まった。
「げっ、げえー」
涎か嘔吐か判断が付かない。
お陰で口元喉元が悲惨な状況。
とても伯爵様が置かれる状況ではない。
それでも追い込みを続けさせた。
「義勇兵旅団の発起人の一人なんだろう」
「もう許して下さい」
余計な発言で首輪が絞まった。
「明日は雨だな」
「許して下さい」
涙を流しながら首輪を両手で掴んだ。
首輪が絞まるのを阻止しようと図るのは、これで何度目だろう。
一度も成功してないのに。
「やっ、止めぐぇっ」
また吐いた。
胃は空になっていないようだ。
もう少し行けるかな。
兵士が要所要所で、こちらが知りたい情報を吐かせた。
それである程度の目安は付いた。
この伯爵は、ただ単に横柄な奴。
こちらを目下の新参者と看做して難癖を付けた、それだけのこと。
何て人騒がせな。
伯爵邸本館を占拠し、護衛二名を殺した。
傍目には、伯爵本人を甚振ったと映るだろう。
この落としどころが難しい。
んー、強気で押し通すか。
カーテン越しに外を見ると、これが大騒ぎ。
玄関前で、敵騎士団と当家の兵が睨みあっているのだ。
近隣の屋敷が気付かぬ訳がない、
貴族を含めた野次馬が周囲に群れていた。
奉行所や国軍も駆け付けていた。
野次馬を規制し、屋敷を包囲していた。
幸い、事前に関係各所に通告済みなので、
彼等が力押しで入って来る事態は避けられていた。
今の所はだ。
先は分からない。
下から駆け上がって来る足音。
当家の兵士だ。
「近衛軍のカトリーヌ明石少佐が面会を求められております」
近衛軍も出動して来た。
カトリーヌ殿なら信頼が置ける。
「奉行所や国軍は」
「包囲するのみで、目立った動きはありません」
「分かった。
少佐を通してくれ。
それとだ、国軍と奉行所の責任者が希望するなら、一緒に通してくれ」




