(テニス元年)27
ホアキン高山伯爵の屋敷は西区画にあった。
寄親伯爵だけあり、仰々しい門構えをしていた。
太い鉄柵で、観音開き、高さは3メートルほどか。
開けられているのは表門脇の通用門のみ。
内側の詰め所で、門衛二名が番をしていた。
俺達の車列に門衛二名が困惑の表情。
互いに顔を見合わせた後、二名揃って動いた。
通用門から出て来て、片方が質問した。
「何かご用でしょうか」
もう片方は、こちらの車列を眺めていた。
それを横目に、先頭の馭者が大きな声で答えた。
「ダンタルニャン佐藤伯爵様が参られた。
急ぎ、ご主人に取次を頼む」
「聞いておりません、アポはお取りでしょうか」
門前での遣り取りとは別に、
一両目の後部ドアからから武装兵六名が飛び出した。
その先頭は隊長のウィリアム。
無言で走り、戸惑う門衛二名を無力化し、拘束した。
手足をロープで縛られても口で抗う二名。
「これは何の真似だ」
「ここは伯爵様のお屋敷だぞ」
それも猿轡をされ、蹴り倒されると大人しくなった。
門衛二名には用は無いので、門の内側に転がして置いた。
俺達は、門を大きく開け、車列のまま敷地内に入った。
動員した馬車は計六輌、うちの四輌が兵員輸送車輌。
武装兵は三十八名、馭者が六名。
そして俺とメイド・ジューン、ダンカン、ウィリアム。
敷地内に入ると邪魔する者は皆無。
アポを取っていると誤解しているらしく、
擦れ違う使用人達は黙って道を譲ってくれた。
それでも幾人かが車輌の多さに怪訝な表情を浮かべた。
が、行く手を遮る勇者はいない。
本館が見えた。
どっしりした造り。
玄関前には衛士が二名、番をしていた。
俺を乗せたカブリオレ型馬車のみが馬車寄せに入った。
他は手前で待機。
それを見て取った衛士二名が歩を進めて来た。
これから大立ち回り本番なんだが、うちの馭者は暢気者。
「伯爵様、幌を開けますよ」
言うや手早く幌を全開にした。
ジューンが素早く降りて、俺をエスコートしようと手を差し出した。
「どうぞ、伯爵様」
伯爵様、伯爵様と二度、これが大事。
衛士二名の足が馬車の前で止まった。
対応に迷っている様子。
まあ、事前にアポがないのだから、しようがないね。
待機していた車輌よりダンカンとウィリアムが駆けて来た。
ウィリアムは当然、兵装。
ダンカンは執事服。
衛士二名がその二人に気を取られた。
その隙をジューンと馭者が逃さない。
素手で衛士二名の懐に飛び込んだ。
腰を落として諸手突き。
非力な力ではあるが、掌底が顎と鳩尾に決まった。
崩れる二名をダンカンとウィリアムが捕縛し、
これまた猿轡して適当に転がした。
俺はジューンに声を掛けた。
「エスコートは」
ジューンが怒った。
「褒めてくださいよ」
確かに。
今のは想定外だった。
それでも動けるのだから大したもの。
メイドと馭者なのに。
「まだ終わってないよ。
でも、良くやってくれた、ありがとう」
馭者はニコニコ。
ジューンは渋々といった感で、エスコートしてくれた。
「日頃の訓練には疑問があったのですけど、こうして役に立つとは」
玄関前の騒ぎなので使用人達の目に触れない訳がない。
表にいた誰もが本館の裏へ逃れて行く。
裏口から上司に報告するのだろう。
ウィリアムが全兵力を率いて本館に突入した。
それを横目に馭者達も一仕事。
馬車を駐車場へ移動させた。
帰りの足確保は大切な仕事なのだ。
それを終えた馭者達が戻って来た。
カブリオレの馭者が俺に尋ねた。
「手前共は如何いたしますか」
「もうじき屋敷の兵力が向かって来る。
怪我したら困るから、ここの一階で待機してようか」
屋敷の兵力が押し寄せる前にウィリアムが現れた。
「一階を占拠しました」
騒ぐ声や悲鳴は聞こえたが、剣戟や攻撃魔法はなかった。
血は流れてない、そんな認識で良いのだろう。
俺はダンカンやジューン、それに馭者達を引き連れて一階に入った。
中に入った途端、絵画の群れが俺達を出迎えた。
これ程の油絵が見られるとは、・・・。
実写的な風景画が多いが、宗教画や肖像画も散見された。
俺にウィリアムが言う。
「呆れる位の数です。
幸い、どれにも疵は付けてません」
廊下のあちこちに口から血を流している使用人達が座り込んでいるが、
俺はそれには目を向けない。
彼等は絵画以下の存在。
人の替えは無数にあるが、絵画の替えは利かない。
仮令それが理解に苦しむ画風だとしても。
俺は肝心の事を尋ねた。
「当主はいるの」
アポなしだったので、それが心配だった。
ウィリアムの後ろから兵士が現れ、使用人を前に蹴り出した。
「執務室にいるそうです。
こいつに案内させます」
倒れた使用人が俺を睨み付けた。
「誰が案内するか」
中年で小太り。
長年、この屋敷の主人に仕えていたのだろう。
事情は分かるが、俺は退けない立場。
ここは俺自身が時間制限を掛けた現場でもあった。
屋敷の兵力もあれば、奉行所等々の立場も考慮せねばならないからだ。
俺はここから自身の力を揮う事にした。
全力ではない。
ちょっとだけ。
探知スキルと鑑定スキルを重ね掛け。
伯爵を探した。
直ぐに見つけた。
屋敷側も兵力を揃え終えた。
騎士団長を先頭にして本館に駆けて来た。
「ウィリアム、敵兵力は二百余。
交渉にて大人しくさせろ」
「材料は伯爵ですな」
「まだだが、二階の執務室の伯爵の身柄を確保したと脅せ」
一階の防御はウィリアム達に任せて、俺達は二階の執務室に向かった。
俺にダンカン、ジューン、警護の兵士が五名。
これで充分だ。
俺は自ら執務室のドアをノックした。
風魔法で声を中に届けた。
「伯爵様、お客様がお見えです」
中からの応答はない。
籠っているのは伯爵、執事三名、護衛二名。
内側から施錠し、本棚をドアの前に置いていた。
下の騒ぎで籠る選択を選んだのだろう。
しかし、彼は肝心の事を忘れていた。
俺はそれを思い起こさせた。
「自分一人が助かるつもりか。
屋敷の騎士団も出撃して来た。
このままでは直に戦闘になる。
攻撃魔法が飛び交えば何れ火災になる。
これには三階のご家族も巻き込まれる。
お別れは済ませたのか」




