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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
334/373

(テニス元年)26

 玄関には手空きの者達が出迎えていた。

メイドの一人が馬車のドアを開けてエスコート。

「おかえりなさいませ」

 このエスコート役は人気で、メイド達が争奪戦を繰り広げるのだそうだ。 

ジューンが悔しそうな顔で俺を見ていた。

えっ、争奪戦に負けたのは俺の責任なの、違うだろう。

そのジューンの隣で執事長・ダンカンが、苛立ちを隠し、俺を見ていた。

彼は皆の手前、余計な事は口にしない。

ルーティン通り、俺の後ろに従った。


 着替えより先に、ダンカンの抱えている問題に対処した方が良さそうだ。

「執務室で聞こうか」

「はい」

 エスコート役のメイドに頼んだ。

「二人分のお茶を頼む」


 執務室で二人きりになった。

俺はダンカンにソファーを勧めた。

固辞するダンカン。

でもそれは許さない。

俺が先にソファーに腰を下ろして、ダンカンを見上げた。

「ねえダンカン、上からご主人様を見下ろしちゃ駄目だよね」

 ダンカンは虚を突かれたかの様な顔をした。

結局、渋々感一杯の空気を醸し出して腰を下ろした。

そこへメイドがお茶を運んで来た。

俺には緑茶、ダンカンには珈琲。

お茶請けはマンゴーのショートケーキ。

「今街で人気なんですよ」とはメイド。


 咽喉を潤してダンカンに尋ねた。

「それで話は」

「今お見せします」

 ダンカンは内ポケットから一通の書状を取り出し、俺の前に置いた。

役所仕様の定型封筒で、表には召喚状の文字と俺の名前、

裏には見慣れぬ紋章。

「召喚状ね、誰から」

「ホアキン高山伯爵様からです」

「知らないな」

「和泉地方を治めていらっしゃる方です」

「会ったこともないと思う、それが」

「使いの者が申すには、召喚状だそうです」

「はあ、・・・召喚状」


 俺宛の書状手紙の類は、

受け取った段階で鑑定スキル持ちが検査した。

安全か、否か。

安全と分かった物を、執事長が区分けした。

公的か、私的か。

公的と判断した場合は執事長が職権で開封し、中身を改めた。

今回の召喚状も既にダンカンが目を通していた。


 俺は召喚状を読み進めた。

簡潔な文章なので一目で読めた。

要するに、「直ちに我の下に出頭せよ」とのこと。

 召喚状は公的な書類。

宮廷が発する強制力のある物。

まあ、今回の様に寄親伯爵が発する場合もあるにはある。

が、それは例外的な措置。

範囲は、己に従う寄子貴族のみに限られた。

俺は召喚状をテーブルに置いた。

「ホアキンはアホなの」

「どうやらその様です」

 ホアキンではなくてアホキンらしい。

「使いの者の身分は」

「執事の一人でした。

鑑定スキル持ちに確認させましたので、間違いありません」


 ダンカンは怒りながらも最低限の仕事をしていた。

初手で敵の確認を怠らない。

流石は執事の家柄。

俺はケーキを一口、美味い。

さて、どう対処すべきか。

それも寄親伯爵として。

ダンカンが珈琲を飲み干して言う。

「召喚状とは失礼にも程があります。

同格の伯爵に対する態度では御座いません」

 ダンカンの目色が怖い。

日頃の彼からは考えられぬ色。

許可すれば殴り込むだろう。

俺は火に油を注がぬ様にした。

「使いの執事の様子は」

「・・・慇懃無礼そのものでした。

まるでこちらを格下扱い。

・・・。

私が、同格の寄親伯爵相手に召喚状は失礼だろう、

そう申したのですが、聞く耳を持っておりませんでした。

主人が主人なら、家来も家来、どちらも屑です」


 俺は尋ねた。

「それでも、何らかの調べはしたんだろう。

例えば召喚状に繋がる原因とか」

「適いませんね。

はい、そうです。

こちらが捕えた五名のうちの二名が、ホアキンの寄子貴族でした。

ですからその関係かと」

 ダンカンはきちんと仕事をしていた。

難しい問題ではなくて単純な事だった。

それ以外にホアキンとの間に関係はない。

 ホアキンのレベルは知れた。

これは即行で解決すべきだろう。

俺は執り行う方法をダンカンに詳細に説明した。


 全てを聞き終えたダンカンが疑問を呈した。

「大丈夫ですか。

これが王宮へ知れた場合にお咎めは御座いませんか」

 ホアキンへの怒りより、執事長としての職分が優先したようだ。

「だから誰も暴走せぬ様にダンカンを連れて行くんだろう」


 ダンカンから解放された俺は自室に戻って風呂、着替え。

勿論、メイド達が世話してくれた。

俺に拒否権はなかった。

このところ、メイド達が世話を焼きたがるので、困った、困った。

 着替え終えるのをダンカンが待っていた。

彼も覚悟を決めたらしい。

顔色が良い。

「関係各所への書状の手配は」

「済みました。

書くのは書記スキル持ちに、届けるのは兵士に」

 手短に答えた。

まるで軍隊調、気持ちが入っていた。

「ダンカンの役目は、後方からの俺の支援なんだから、

少し肩の力を抜こうか」


 玄関先は大賑わい。

群れ成す兵士の一団。

その周囲には当家の使用人達が溢れていた。

私語が飛び交っていたのだが、メイド・ジューンがドアを開けた途端、

波が引く様に静まった。

「伯爵様のお成りです」

 ジューンの甲高い声。

ウィリアム佐々木の声が続いた。

「整列」

 兵士の一団が踵を合わせ、姿勢を正した。

見送りの使用人達は一斉に、その左右に割れた。

俺はウィリアムに尋ねた。

「抽出した兵力は」

「三十八名です。

うち、スキル持ち二十六名です。

スキルを持たない十二名は、木曽の魔物の討伐に慣れた者達なので、

何等ご心配は御座いません」

「つまり問題がない訳だ」

「作戦行動に支障は御座いません。

目立たぬ様にとのご指示でしたので、全員馬車にて輸送します」


 俺は後ろを振り向いた。

「行くよ」

 侍女長・バーバラが飛び切りの笑顔。

「程々にしてくださいませね」

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