(テニス元年)25
侍女長・バーバラがメイド・ジューンを供にして戻って来た。
「商家に申し付けましたので、夕刻辺りには届きます。
勿論、伯爵様にもございます」
遂に俺もお酒解禁か。
「酒か・・・」
「いいえ、お酒は早過ぎます。
ジュースとスイーツで我慢なさって下さい」
「だと思った」
バーバラの後ろでジューンが声を押し殺し、笑っていた。
やがて、執事長・ダンカンやウィリアム達も戻って来た。
ダンカンが報告した。
「奉行所との折衝は恙なく終わりました」
ウィリアムが言葉を足した。
「向こうの面子を立てたのが効いたようです」
俺は敢えて尋ねた。
「それでこの先、奉行所が絡んで来ることは」
「ございません」ダンカンが力強く言い切った。
「そうなると、後処理は」
「奉行所の与力の話ですと、貴族間で起きた厄介事は、
貴族院の窓口を通すそうです」
「ではそうするか。
ダンカン、任せる」
「承知しました」
「ウィリアム、五名を美濃に移送してもらうが、
あの地に尋問に慣れた者がいると思うか」
ウィリアムは即答した。
「前の伯爵の反乱とは関係なく、
当地の奉行所は正常に機能しておりました。
それは牢も同じでしょう。
受け入れにも、尋問にも問題ないと思います」
「分かった、移送を任せる」
「承知しました。
邪魔が入らぬ様に、夕刻前に送り出します。
準備させますので、これにて失礼します」
ウィリアムは軍人らしく、キビキビした動作で執務室を出て行った。
俺は気懸かりな事が一つあった。
「義勇兵旅団が木曽大樹海を通ったと言うが、それは確かなのか。
・・・。
魔物も武具までは喰わない。
そうであれば、後から通った者達が遺品を見つけているはず。
・・・。
大樹海は街道さえ外れなければ今も、
キャラバンや冒険者パーティが普通に往き来している。
その者達が見つけて通報すればそれ相応の謝礼が出る。
遺族からの謝礼もある。
だけど何も届けられてない」
ダンカンが考える様に天井を見上げた。
「確かに・・・、遺体は喰われても武具までは喰いません。
だとすると、本当に木曽を通ったのかどうか、怪しくなりますね」
俺は捕えた連中の言葉をなぞった。
「尾張側から獣道を通った。
三河大湿原沿いに行軍し、途中から木曽大樹海の街道に入った。
そのまま信濃に抜ける予定だった。
・・・。
もしかして、道を間違えた。
そのまま三河大湿原に迷い込んだ。
あるいは大湿原の獣達を討伐しようとした。
これだと話が分かり易い」
ダンカンが大いに頷いた。
「三河大湿原に慣れた者達を派遣します。
ついでに、美濃だけでなく、尾張にも、途中の近江にも、
事前の通知も許可も得ていない様ですので、
その辺りも調べてみましょう」
後宮から女児達が戻って来た。
シェリルが俺に手紙を差し出した。
「明石少佐から返書よ」
読むと、カトリーヌ明石少佐は大いに俺の立場を懸念していた。
それで最後に、寄親伯爵の立場を活かせ、そう記されていた。
確かにそうだ。
俺には守らなければならない者達が大勢いる。
今回の件は寄親伯爵の力を揮うしかない。
足りない所は俺個人のスキルで埋めれば良い。
俺が読み終えて顔を上げるとシェリルが言う。
「私の家の力を貸そうかしらね」
それにボニーが応じた。
「何時もお世話に成りっ放しですものね。
ここらで一つお返しませんと、女が廃りますわよね」
俺は遠慮しようとしたが、ボニーに寄り切られた。
「父や兄たちの耳に入れるだけよ」
寄親伯爵の邸内には寄子貴族やその子弟が逗留していた。
それぞれが自前で屋敷を構えるのは金銭的に無理なので、
寄親伯爵が文字通り親として世話をするのが慣習になっていた
今現在も子爵男爵八家の当主や子弟が別棟に居た。
その彼等彼女等が俺に面会を求めて来た。
「伯爵様、何時にても出撃できます」という訳だ。
捕えた五家への制裁を求めていた。
何れもが血気に逸っていて、俺は正直引いた。
手柄を立てたいという気持ちは分かるが、
そこまで大事にするつもりはない。
だけど応えぬ訳には行かない。
「その時には頼む。
だけど今は交渉が先だ」
まずは貴族院の窓口を通してからだ。
翌日、俺は大人気だった。
まず登校段階で、顔馴染みの街の者達に声を掛けられた。
「大丈夫でしたか」
「酷い目に遭いましたね」
なかには、「貴族相手に怖かったでしょう」と話し掛けて来る輩も。
俺を貴族と認識していない者が混じっていて、思わず苦笑い。
俺は自分がどう思われてるか、それでよく分かった。
学校の門を潜ると、更に声掛けが増えた。
普段は話さない上級生や下級生から尋ねられた。
「どう始末を付けるのですか」
彼等彼女等の関心は決着の付け方にあった。
全員が全員、興味津々に聞いて来たのだが、
他人事だからか、面白がっている節も見え隠れした。
貴族の子弟が多いので仕方ない側面もあり、苦笑い。
「貴族院の窓口を通してからだよ」と答えた。
先生達も俺を見つけると、寄り道して来た。
「大変だったね」
「下位貴族だと聞いた。
賠償金を請求したらどうだい」
それは校長もだった。
校長室に呼ばれた。
香りの良いお茶で接待された。
「お身体は何事もなかった様ですな、結構結構。
如何ですかな、私の方でも何かお手伝い致しましょうか」
「学校の手を煩わせるのは本意ではありません。
こちらで貴族院の窓口を通して対処します」
冒険者パーティの予定がなかったので、一人で下校した。
それが事前に分かっていたので迎車が来ていた。
二頭立てのカブリオレ型馬車だ。
馭者は馴染みの顔。
「伯爵様、幌を閉じましょうか」
「このままで良いよ」
ワンタッチで開閉できる仕様だ。
あっ、俺の実家で製造している馬車。
これが国都では評判で、四輪よりも高いけど売れ行きは絶好調。
常に製造待ちであった。
今日は昨日の件もあり、警護は陰供ではなく、全員が兵装であった。
分隊十名で、その分隊長が車内に乗り込む俺に言う。
「執事長殿が苛立っておられました。
面倒事が生じた様です」




