(三河大湿原)12
ジャニスやエイミー達に見送られて、
戸倉村のキャラバン隊は帰路についた。
その際に俺はジャニスと視線が絡まった。
言葉は交わさないが思わず背中が強張ってしまった。
精神年齢は俺の方が高いはずなのに、このプレッシャー。
距離を空けて、ようやく開放された気分になったのか、
口から溜め息が漏れていた、
父に笑われた。
「ジャニス様に惚れてしまったか」
「何を言うんですか」
「綺麗だし、可愛いし、惚れるのも無理はない」
「相手は領主のお嬢さまです。失礼ですよ」
馭者席の隣で父が姿勢を正した。
「子供は細かいことは気にするな。
好きなものは好き。嫌いな物は嫌い。それで良いんだ。
ただし、食い物の好き嫌いだけは駄目だがな」
村に戻るだけだが父は一行を急がせない。
度々、横道を見つけると、そこへキャラバンを進めた。
どこも途中で藪で行き止まりになっていたが、その度に父は説明した。
「昔はこの先にも村があった」
旧東海道沿いは村や町で賑わっていたそうだが、
今はその面影もない。
人が住んでいたと覚しき人家跡は散見できるのだが、
多くは藪に覆われていた。
「今は誰も住んでいませんね。
街道が途絶えたのを機に、みんな引っ越したのですか」
「いや、みんな喰い殺されてしまった。
三河大湿原に現れたのはミカワワニやミカワサイだけじゃない。
狼に似た獣の群れもいたそうだ。
其奴等が群で街道沿いの村や町を襲った。
それで多くの者が喰い殺された」
「えー、それでは生き残ったのは戸倉村だけですか」
「違う。
その頃に戸倉村はなかった。
・・・。
大湿原に接する一帯から村や町が次々に消えたので、
慌てた尾張の領主が新たな開拓者を募集した。
それに応じたのが我が佐藤家だ」
藤氏王朝の崩壊に佐藤家も巻き込まれた。
源氏や平家を相手取って最前線で戦い、
多くの郎党を失って領地の維持ができなくなった。
近畿の播磨地方を治めていたのだが、
寄親の凋落を知ると寄子の貴族達が反乱を起こした。
隣接する地方の貴族達も加わって攻め寄せて来た。
多勢に無勢。
佐藤家は播磨の領地を見切って一族郎党で流浪することを選んだ。
そこに三河大湿原の出現による混乱。
幸い尾張の領主が快く受け入れてくれた。
郎党の数は減らしたが佐藤一族は弓馬の家。
戦場暮らしには慣れていて狼なんぞには臆しなかった。
領主は喜んで佐藤家に三河大湿原までの一帯を与えてくれた。
その領主一家は今はない。
平家に肩入れし過ぎて、足利王朝が成立する過程で自滅したのだ。
父から説明を受けていると、俺の脳内で警報音。
癒しのオルゴール。
脳内モニターに文字が走った。
「小型の魔物八匹と大型の一頭を発見。急接近中」
茶色の点滅、九つ。
動きが速い。
こちらを狙っているのだろう。
鑑定スキル。
「一頭はヒヒラカーン。Cクラスの魔物。
八匹はモモンキー。Dクラスの魔物」
両者とも猿の種から枝分かれした魔物だ。
特徴はヒヒラカーンがブレスを吐くこと。
モモンキーは長い手で棍棒を振り回すこと。
ともに俊敏で、知能があり、相手するには煩わしい相手だ。
今回はヒヒラカーンが群を率いているので余計に厄介だ。
俺はみんなに分かるように来る方向を指し示した。
「魔物の群が来るよ」
獣人が応じた。
「確かに魔物の群です」
大人達は一人も慌てない。
手早くキャラバンの前に盾を並べて配置についた。
俺は昨夜、虚空から取り出して置いた短弓を手にした。
隣にケイトが来た。
「今回も先に気付かれたわね。
でも弓では負けないわ」
魔物の群が音も立てずに木立から飛び出して来た。
普通であれば群の急襲は成功していただろう。
生憎、俺がいた。
いやいや、探知スキルや鑑定スキルのお陰なんだが。
事前に対応できた。
ヒヒラカーンが左に回り込もうとしているのが分かった。
側面からブレス攻撃するつもりなんだろう。
正面から来るモモンキーはみんなに任せ、
俺はヒヒラカーン迎撃に専念した。
父が命令した。
「弓、放て」
隣でケイトの短弓が鳴った。
大人の弓役達も一斉に矢を射た。
矢を抜けて突進して来るモモンキーを盾役の者が押し留めた。
モモンキーが執拗に棍棒を振り回した。
盾を殴りつけ、駄目なら根性で跳び越えようとした。
それを槍役が許す訳がない。
容赦なく、はたき落とした。
カールが声を上げた。
「この調子だ。けっして盾から前には出るな」
ケイトが俺の様子に気付いた。
「どうしたの」手を止めて俺を振り向いた。
ヒヒラカーンが側面に姿を現し、仁王立ちになった。
口を大きく開け、息を吸い込む。
ブレス攻撃の前段階。
それを俺は待っていた。
狙うは大きく開けた口内。
EPから2を付加して立て続けに矢を射た。
矢が光の速さでヒヒラカーンの口に吸い込まれて行く。
合わせて三本。
唇を裂き、歯を砕き、口の奥に突き刺さった。
ブレスは来ない。
俺は誘惑に駆られた。
短弓を足下に置いて腰の短剣を抜いた。
EPから2を付加して短距離選手をイメージしてダッシュ。
一気に距離を詰め、兎をイメージして跳躍。
ピョーン。
腕力にEPから2を付加した。
2メートル近い高さのヒヒラカーンの首に斬り付けた。




