(テニス元年)20
いつまでも騒ぎを見物していたい。
けれど俺は子供、時間は限られていた。
明日に差し支えるのだ。
そう、明日の授業に。
身体の発育にも悪い。
涙を飲んで転移した。
ごめんよ、ホセ。
向かったのはルベン・セナル商会長の旗艦店。
難波を拠点とするセナル商会が、一昨年、国都に大型店舗を構えた。
それまでの既成の店舗の、倍の広さで、品揃えもきめ細やかなもの。
ブランドのラインナップ、そして価格で近隣の競合店を圧倒した。
そこへ向かった。
事前の情報収集が功を奏し、迷う事はなかった。
上空へ転移した。
見下ろすと、確かに噂通りの大型店舗。
貴族を意識した造りの馬車寄せ。
そして何より、駐車場が広い。
貴族だけでなく、平民の富裕層の取り込みをも意識していた。
俺は鑑定の精度を上げた。
店舗全体を3D表示化。
一階の詰め所に守衛六名がいるが、動きはない。
表と裏の出入口を締めきっているので安心しているのだろう。
俺の目的地はジュエリー売り場。
三階にあった。
そこへ転移した。
女性服売り場と隣り合わせ。
売り場は思っていたよりも広い。
余裕を持った動線を確保し、意匠を施したショーケースを並べ、
ジュエリーを種類別に置いていた。
売れ行きが好調なのだろう。
空きが多い。
補充は基本、早朝の時間帯だろう。
でも俺はとても親切な性格。
錬金で施錠に干渉し、空いた所に、ホセのジュエリーを埋めて行く。
勿論、種類別にだ。
余った物は、バックヤードで処理した。
予想通り、ジュエリー保管庫があったので、そこに入れた。
誰か気付くかなあ・・・、まあいいか。
顕在化は、ルベンの店の店員しだいだ。
気付いたら、気付いたでどう対応するか。
それはそれでお楽しみ。
ホセ手書きのタグは、そのままだよ。
たぶん、ホセも満足だろう。
ライバルの旗艦店で売られるのだから。
ついでだから、ルベンからも盗み、ホセの店で売っても良いけど、
夜も遅い、眠い。
帰ろう。
身体に成長にも障る。
翌日、都合よく露見する訳もなし、静かに一日が過ぎた。
つっ詰まらない。
でも、もう一人。
ミゲル長井伯爵が残っていた。
即行でお邪魔しよう。
連夜での深夜労働になるが、労基には、・・・。
おかめ仮面で伯爵邸を見下ろした。
情報通りだ。
広い池が中央にあり、その周りを建物や馬場で囲んでいた。
水辺の生活、それが六代前の当主の拘りなのだそうだ。
本館の上に移動し、鑑定で伯爵を探した。
いない。
捜索範囲を広げた。
別館、長屋、倉庫、、兵舎、厩舎、作業場。
いない。
となると妾宅。
面倒臭い。
早速、妾宅上空に移動した。
ああ、これか。
妾にホテルを経営させ、最上階の一つを愛の巣にしていた。
弾丸で蜂の巣にしてやろうか。
いけない、いけない。
悪魔の囁きだ。
ここ冷静に、冷静に。
鑑定の精度を上げた。
奴と妾は励んでいた。
深夜に及ぶ残業が好きなのだろう。
それに、とやかく言うほど俺は無粋ではない。
愛の巣の片隅にそっと転移した。
やけに酒臭い部屋で、ベッドが小刻みに揺れていた。
こっ、壊れそう。
今は、壊れない事を望む。
奴と妾はベッドで一つになっていた。
熱中していて俺には気付かない。
俺は邪魔しない様に室内を見回した。
テーブルの上に酒とグラス、下に椅子二脚。
椅子に腰掛けて愛の営みを、・・・興味はない。
目の前の状況を受けて予定変更だ。
まずは俺の【転移】を再確認した。
うむうむ、そうかそうか、これは便利だ。
取り敢えず理解した。
人間二人をベッドごと運べると。
命に別条なしと。
人間で試した事はないが、失敗はないだろう、たぶん。
次は場所だ。
どこに転移する、・・・、
こんな深夜でも人目が多い所は、・・・。
あったあった。
あそこなら二人は一躍時の人だ、
国都の外郭北区画。
そこの繁華街とスラムの境目にある広場。
カジノ通いの人間が途絶えるのは早朝のみだ。
そこにした。
広場の中央なら通行する者はいない筈だ。
何故なら、水捌けの為に盛り上がっているからだ。
二人とベッドを、広場の中央をイメージし、転移させた。
そして俺も後を追って、その上空に転移した。
見下ろした。
ひと騒ぎになっていた。
幾人かの通行人がベッドを囲んでいた。
対して当の二人は全裸。
ひしと抱き合い、周囲を見回し、困惑していた。
困惑は通行人もだろう。
誰もが困惑する状況。
ついに妾が悲鳴を上げた。
「いやー」
深夜だからか、周囲に響き渡った。
当然、上空の俺にも届いた。
悲鳴を受けて広場の周りの家々に灯りが点いた。
窓も開けられた。
玄関から棍棒を持って飛び出す者も。
近くを奉行所の者が巡回していたのだろう。
それらしき装いの者が二名、全力で駆け寄ってきた。
現場に到着するや、事情聴取より先に呼子笛が鳴らされた。




