(テニス元年)18
しでかして頭を抱えた。
ここまでやるつもりはなかった。
調子に乗ったとはいえ、これはない。
でももう止められない。
水の巨大な塊が空気を切り裂いて落下した。
魔力を馴染ませたので、早々には崩れない。
それが本館の屋根を直撃した。
この世のものとは思えない衝撃音。
屋根が真っ二つに割れた。
ついでに床も真っ二つにした。
ようやく水塊が崩れ、周辺に飛び散った。
ああー、やっちまった。
反省、反省。
俺は逃げる事にした。
転移で自邸に戻った。
着替えてベッドに入った。
「明日は良い日でありますように」
そう願って目を閉じた。
「昨夜、日付が変わる頃でしょうか、ラファエル松永侯爵家が、
局所的な大災害に見舞われました」
モーニングブリーフィングで、執事のダンカンがそう言う。
俺は惚けた。
「はあ、局所的な大災害ってなに」
「雷鳴と共に滝の様な雨が降って、
お屋敷の一部を破損させたそうです」
「破損・・・、想像が付かないんだけど」
「それは私もです。
当家の門衛が早朝、奉行所の夜回りよりそれを仕入れました。
そこで上番長が、手の空いた者を現地に走らせたそうです。
・・・。
見て来た者が、遠目にですが、
侯爵家の本館の上層階が壊れているのを確認しました。
侯爵様ご本人については分かっていませんが、
神社や教会からの治癒魔法使いが多数、出入りしています。
勿論、派閥の三好家や、他の家々からもです。
様子から、かなりの被害が出ている模様です」
運ばれて来たモーニングプレートに手を伸ばした。
ニラ入りのスクランブルエッグをスプーンで一口。
ん、幸せな朝だ。
「引き続き情報収集に務めて。
特に侯爵本人の安否だね。
評定衆の一人だから、政策への影響が大きい」
「承知しました」
南瓜スープも美味しい。
「あ、それとペミョン・デサリ金融はどうなった」
宮廷の定めた法定金利上限を上回る金利で、
多数の貴族に秘密裏に貸し出していた一件だ。
「奉行所が手入れを行い、証拠保全の名目で、
会社そのものを差し押さえました。
同時に商会長を含む複数人の身柄をも確保しました。
これで事態の解明が進むと思います」
カリカリのベーコン。
おー、良い具合にカリカリだ。
当家に仇なす者が二日連続して窮地に陥った。
当家の関係者はこれを偶然と考えるか否か。
当家には裏で働く部隊が存在しない。
だから答えは一つ、偶然と考えるしかない、だよね。
念の為に、そう誘導してもオーケイベイビ~♪。
サンチョとクラークの存在があったか。
二人は俺の正体は知らない。
知っているのは、この二件を含む計五件の情報を入手したこと。
そこから俺に辿り着けるか否か。
否だろうな。
二人は裏社会が長い。
好奇心は猫を殺す、それを自覚していると思う。
ちょっと間隔を空けるか。
三日連続しての深夜労働は子供の身体に悪い。
お肌にも悪い。
それに、調べに当たる奉行所の面々には、もっと悪い。
執務室から自室に戻ると、それまでジッとしていたアリスが問うて来た。
『何やら面白い事をしてるみたいね』
『パー、パぁっとやっちゃろ』
二人して久し振りに顔を出したらコレだ。
この件には噛ませたくない。
噛ませたら、確実に大荒れになる。
『どうしたんだ、暇なのか』
『皆が腕を上げたから、何かないかなと思ったのよ』
『ピー、暴れたいっペ』
『ドラゴンだけは止めてくれよ』
神龍も邪龍も見極めが付かないアリスなら、
ドラゴン種を一目見た瞬間に挑む未来が思い描ける。
早い話、アリスは負けてから相手の力を理解するタイプ。
だから、声を大にして、念押しした。
『ぜっ・た・い・や・め・ろ・よ』
『わっ、わ分かってるわよ』
『ポー、ボクが見てるっペよ』
アリスがハッピーに蹴りを入れた。
ハッピーが悲鳴を上げて天井に頭をぶつけてた。
それを無視して、俺は提案した。
『東の反乱の次は、西でどうだい。
あちらには二つの反乱があって面白いと思うよ』
『そうか、西か』
『プー、西だ西だっぺ』
『砂漠の向こうからキャメンソルの傭兵団を雇ったって話だよ』
駱駝の種から枝分かれした魔物・キャメンソル。
俺は顔が綻ぶのが禁じ得なかった。
偶然だとはいえ、これも昨夜のアピス同様に唾を吐く、
所謂、唾かける魔物なのだ。
臭い唾を・・・。
アリスが俺の表情に気付いたらしい。
『何か変な事を考えていない』
『いやいや、キャメンソルを見た事がないから、姿を想像してたんだ』
そう、想像してた。
小さな妖精の体力だと唾の威力に対処できない。
バリアーを張っても、最悪、それごと弾き飛ばされる。
そしてバリアーを解くと、付着した唾を全身に浴びる。
ああ、悶絶する姿が・・・。
ハッピーが俺を繁々と見てから言う。
『ペー、邪悪邪悪、マスター邪悪』
アリスが思い出した様に言う。
『ダン、ダンジョンスライム達がエビスの製造に成功したからね』
『ポー、吉報吉報だっちゃ』
ダンジョンスライムは、そもそもはダンジョンマスターの配下。
つまり、俺の配下。
彼等がダンジョン内にて製造から召喚、清掃まで担っているので、
彼等無くしてダンジョンの考えられない。
エビスは、アリス達の愛機のこと。
魔物・コールビーを模した飛行体だ。
これまでは俺にしか造れなかったが、
それがダンジョンスライムにも可能になった。
実に素敵なお知らせだ。
これで俺が強請られる事はない、たぶん。
アリスが、喜ぶ俺に言う。
『偶にはダンジョンに顔を見せなさい。
スライム達に顔を忘れられるわよ』
お前は、おかんか。
『アリスがダンマスの次席だから、それで事足りるんじゃないの』
『本当、アンタは馬鹿ね。
スライム達はアンタが好きなのよ』
そこまでストレートに言われると頷くしかない。
『分かった、今晩行くよ』
『山城だけじゃなく木曽もよ』




