(テニス元年)13
俺はサンチョには会えなかったが、代わりにクラークに仕事を命じた。
嫌な奴だが、加えてご老体だが、まだまだ働けると思う。
けど、全幅の信頼を寄せている訳ではない。
ちょっとだけ、持ち前の気質がねっ。
だから表の人間からも情報を得よう。
アルファ商会の保安警備全般を担っている連中を屋敷に呼んだ。
その系統は二つ。
一つは傭兵団『赤鬼』。
もう一つは冒険者クラン『ウォリアー』。
共に木曽領地にて常時雇用しているので、その主力は留守がち。
それでも、本部事務所が国都にあるので留守居を複数置いていた。
その者達にアルファ商会の保安警備全般を委ねていた。
留守居とはいうが、役に立たないという意味ではない。
多くは、古参と新人の二種。
留守中に、現場に出すには早い新人を古参が指導していた。
そこへ提案されたのが、今回のアルファ商会の保安警備。
渡りに船、彼等は飛びついた。
『赤鬼』からはカドラが来た。
見た目は、一見すると無害な中肉中背の中年女性。
だが、これで傭兵団の留守居を任されているのだ。
温い性格でない事だけは確か。
「伯爵様、今日も麗しいお服ですね」
「それは僕には似合わないという意味かな」
「とんでもございません。
とてもお似合いです。
私は大好きです」
俺の後ろには、服を選んだメイド長・ドリスの勝ち誇った笑顔があった。
反対に悔しそうなのは、服選びに負けたメイド・ジューン。
『ウォリアー』からはハンフリーが来た。
元々は会計士。
でも頑固な性格が災いし、職を失った。
そこを救ったのがクラン。
それからは裏方一筋。
性格も穏やかになったのか、何時も笑顔を絶やさない。
「ジューン殿、私に服を選んで貰えないだろうか」
ナンパも学んだようだ。
だが、世間は甘くない。
「そんな暇はありません」
ジューンの一言で玉砕した。
二人はテーブルの上に一件書類を置いた。
「双方で擦り合わせ済みです」
カドラが口にし、ハンフリーが同意した。
俺はそれを手にした。
アルファ商会に危機を齎す者達の名簿だ。
侯爵一人、伯爵一人、商会の商会長が二人、金貸しが一人。
ラファエル松永侯爵。
彼は、三好侯爵家の派閥に属し、評定衆にも連なっている人物。
派閥の重鎮にして、裏技が得意と評されていた。
実に厄介な相手だ。
ラファエルの狙いは一つだけ。
アルファ商会の生み出す利益。
その利益に預かろうと画策し、頻りに裏から手を伸ばして来た。
具体的な被害がなければ、無視するだけなのだが、遂に被害が出た。
事務員が拉致され、尋問されそうになった。
幸い、赤鬼・カドラ達の救出が間に合った。
ミゲル長井伯爵。
美作地方の寄親伯爵で、
悲運の死を遂げたハドリー長井伯爵の子孫でもある。
だからといって手加減は出来ない。
そのミゲルの狙いもラファエルと同じ。
アルファ商会の利益に預かろうとした。
こちらはシルビア達を付け狙った。
幸い、こちらも保安警備のお陰で未遂で済んだ。
ルベン・セサル商会長。
大手の商会・セサルの現会長だ。
本拠は難波、その難波の中小商会を買収して急拡大した。
先見の明があると評判で、庶民の受けが良い。
けれど、調べて裏が分かった。
低賃金と下請けからの搾取で、儲けているだけだった。
ルベンの狙いはアルファ商会の製品の奪取。
保管倉庫からの横流しを企んだ。
その為に倉庫作業員を買収した。
それを事前に保安警備が察知し、潰した。
ホセ・ラウル商会長。
こちらも大手、ラウル商会の会長だ。
それもバリバリの若手、五代目。
本拠は国都、老舗。
王宮の御用達、特に軍からの信用が厚かった。
納める軍需品が高品質なのだ。
そのホセの狙いが分かった。
金と暴力で、工房の職人を引き抜こうとした。
これも事前に潰した。
ペミョン・デサリ金融。
カジノと組む貸金業者、ペミョンがそこの商会長。
こちも本拠は国都。
その狙いは実に単純なもの。
アルファ商会の製品の模倣。
コピーした商品で大儲けを企んだ。
その為の工房を建て、職人を集めた。
しかし、如何せん、技術水準が伴っていなかった。
一目で見破られる物ばかりが出荷された。
売れる訳がない。
そこで狙いを変えた。
こちらの工房の職人を引き抜こうとした。
為に何度か保安警備と衝突して、潰された。
この五件は一時は潰されたにも関わらず、
今もって手を引こうとしない連中のリストだ。
それもこれも本体が大きい為に彼等は、
自分達にまでは手が届かないと侮っていた。
そんな彼等に制裁を加えるのは確定だが、注意事項が一つだけ。
アルファ商会絡みと思わせないこと。
アルファ商会の企業イメージは、「爽やか」その一点。
詰まらない噂で汚してはならない。
十日後の期限が来た。
クラークに会いに出かけた。
今回の悪党ファッションは、前回のとは色違い。
赤を基調とした。
そして仮面も。
お多福にした。
得も言われぬ可愛らしさ、だと思う。
【光学迷彩】【索敵】【転移】【転移】で目的地の上空に辿り着いた。
重力スキルで下の屋根にゆっくり着地。
そこで思いがけぬ光景を目の当たりにした。
クラークやサンチョが本拠にしてる建物が包囲されていた。
こっ、これは面白い。
何れの面々も武器を手に、暗がりに身を潜めていた。
建物から出て来るのを待ち構えている気配。
対して、建物から打って出る気配は皆無。
それはそうだろう。
これほどの人数ともなると、発生と同時に騒乱罪が適用されて、
奉行所から捕り手の群れが出動して来る。
だからクラークは、冷静に籠城を選択したとも言えた。
その奉行所の手先は・・・、探した。
いたいた。
少し後方で、のんびり見守っていた。
人数は一個分隊、十名。
暴力沙汰発生と同時に、数人が近隣の番屋に走り、出動を乞うのだろう。
もしかすると、本隊は既に待機済みか。
俺は透視スキルで建物内の防御態勢を点検した。
入り口は、裏も表も厳重な二重扉。
窓も、全て鉄板で補強されている
何れにしても、これらを破るにはかなり手間取る。
対して、防御側は人数をしっかり配し、予備の戦力もある。
一夜で落とすのは無理だ。
俺はクラークの部屋にお邪魔した。
俺は恥ずかしがり屋なので、当然、光学迷彩を施したままの転移だ。
室内では喧々諤々の議論が交わされていた。
サンチョとクラークが中心で、幹部クラスらしき連中が三名いた。
一番の若手が吼えた。
「舐められたらいかん。
打って出ようぜ、親分たち」
親分たち・・・。
サンチョとクラークが対等の親分たち、なのか。
そのサンチョが答えた。
「そうは言うがな、ここを戦場にすると奉行所の手入れを喰らう。
床下から天井裏まで調べられ、これまでの商売がばれる。
そこんところ、分かってるか」
 




