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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
320/373

(テニス元年)12

 アルファ商会を代表してシンシアとルースが屋敷に来た。

二人は初っ端に、迎え出たダンカンに注文した。

「室内じゃなく、庭園じゃ駄目かしら。

この所、事務仕事で疲れているの。

新鮮な空気に触れたいわ」


 それをダンカンから聞かされた。

ご要望にお応えして、池の畔の四阿で面会した。

行くと、二人は見るからに疲れ切った表情でお茶していた。

果たしてそれでお茶の味が分かるのだろうか、甚だ疑問だ。

それでも態度は立派なもの。

俺の視線をしっかり受け止めた。

シンシアに尋ねられた。

「この場合は商会長ですか、それとも伯爵様」

「身内だけの時は昔通りにダンで」

「それではダン、まず朗報から、売れ行きは好調よ。

お貴族様向けの高価版も、一般向けの廉価版も品切れ寸前ね。

各工房の尻を叩いているけど、熟練工が育つまでは無理みたい。

だから商圏は、暫くの間は国都に絞るわ」


 儲かっているなら文句はない。

まずは初期投資分の回収だ。

「それで結構です。

朗報の次は何ですか」

「面倒臭い連中が湧いてるの」

「この伯爵様相手に」

「儲かるからね。

正面から来ないで搦め手で来てるわよ」

「例えば」

「工房の職人のスカウト、もしくはその工房の買収。

まあ、これらは可愛いものよ。

面倒なのは、商品の横流しを唆す輩や、技術を盗み取ろうとする輩ね。

倉庫に忍び込む輩もいるし、守ろうにも人手が足りないのよ」


 俺はお茶を飲みながら思案した。

「結局、僕は甘く見られていると」

「そこまでは言わないわ」

 ルースが言い添えた。

「私達の方で強硬手段に出ても良いかしら。

今日はそういう話よ」

 止むに止まれぬ結論に達したらしい。

「それはシビルも含めての結論」

「そうよ、女だからと甘く見られると困るのよね」

「つまり裏にいる奴等が分かってるんだね。

分かった、それらを一人残らず教えて欲しいな」

「どうするの」

「裏を取ってから、こちらで対処する。

それまで辛抱して貰えるかい」


 俺はその日は深夜労働。

外出なので着替えた。

何時もの悪党用ファッションだ。

細目のズボンにシャツ、編み上げの長靴にフード付きローブ。

魔法杖に仮面。

何れも【自動サイズ調整】の術式が施されているので問題はない。

 【索敵】で安全を確認し、時空スキルで自分の屋敷の屋根に転移。

そこから更に相手先の屋根の上空へ転移した。

重力スキルでゆっくり着地。

下を透視スキルで覗き見た。


 向かった先は外郭東区画のスラム。

久し振りにサンチョとクラークのアジトを訪れた。

この二人は相変わらずの仕事好き。

深夜にも関わらず、明かりが点いていた。

 おや、珍しくサンチョの姿がない。

代わりに別の輩が書類仕事を熟していた。

もう一人のクラークは平常運転。

ソファーで酒を飲んでいた。


 光学迷彩を起動して、その室内にお邪魔した。

執務中の輩は気付いた様子はないが、クラークは流石。

手のグラスをテーブルに戻した。

そして室内をキョロキョロ、ウキョロキョロ、見回した。

それでも俺の居場所の特定には至らない。

 俺は室内の片隅で光学迷彩を解いた。

所謂、背後を取られない四つ隅の一つだ。

クラークが即座に視線を向けて来た。

「おや、お出ましですかい、御大将」

 余裕を見せているが、心拍数が跳ね上がっているのは丸分かり。

食わせ者には違いないが、愛すべき高齢者、ご老体だ。


 執務中の輩が顔を上げた。

サンチョから比べれは若造だ。

その若造がクラークを見てから俺の方へ視線を転じた。

「誰っ・・・」


 俺は無視してクラークに尋ねた。

「サンチョが随分と若返ったみたいだが、どうしたんだ」

 クラークは余裕を見せつけんと、再びグラスを手にし、飲み干し、

叩きつける様にテーブルに戻した。

「ほんとに随分だな。

こっちの都合も考えてくれんか」

「はて、都合とね。

それを聞こうじゃないか」

「アンタが来んようになってから、ここだけじゃなく、

全部のスラムがガタガタになった。

西も東も、南も北も。

反乱や政争のお陰で、奉行所から毎日の様に手入れだよ。

手入れを喰らって大手は全部潰された」


 俺の責任の様に言うのは止めて欲しい。

でも相手はご老体、労わってあげようじゃないか。

「つまりスラムは住み易くなったって事かい」

「いや、逆だ。

これまで大手があったから、ある意味、住み易かった。

ところが大手が潰れて、代わりに若造達が伸して来た。

毎日の様にあっちで抗争、こっちでも抗争。

群雄割拠で、シッチャカメッチャだよ」

 クラークは暴力が大好物だとばかり思っていた。

違うのか、意外っ。

「それがサンチョと何の関係が」

「アンタのお陰でウチは資金が潤沢だ。

何せ返済しなくて良いからな。

こちらの懐具合は隠していたんだが、どうやら漏れたらしい。

サンチョが付け狙われる様になった。

だから今は、スラムの外に潜伏させてる」

 サンチョはスラムのファミリー構成員だったが、元は冒険者。

暴力はお手の物、そんな彼が潜伏を余儀なくされるとは。


 俺はクラークを見据えた。

目色で分かったのか、クラークが先に言う。

「ああ、俺を狙う奴はいねえよ」

 そうだろう、そうだろう。

クラークには奥の手があった。

獣化だ。

加えて闇魔法もある。

敢えて正面から挑む奴はいないだろう。

「急ぎの仕事を持って来た。

受けてくれるよな」

 クラークが仰々しく両肩を窄めた。

「ウチにそんな余裕があると思うのか」

 俺はローブの内に手を入れ、虚空から小袋三つを取り出した。

それをクラークのソファーの上に放り投げた。

ジャラリ、ジャラリ、ジャラリ、金貨三百枚。

途端、クラークの目色が変わった。

お金も大好物らしい。

「仕事の内容は」

 俺は続けて一枚の紙を、風魔法でクラークの手元に飛ばした。


「侯爵一人、伯爵一人、商会の商会長が二人、金貸しが一人」

 紙に記載したのは人名だけなのだが、流石は裏の住民。

言い当ててくれたので、説明が省けた。

「人名だけで分かるということは、そいつらは裏とは親しいのか」

 得意満面なクラーク、待ってましたとばかりに言う。

「親しいって言えば親しい。

しかし、正確を期すなら、身分職分は違うが同じ穴の貉だ」

「こいつらがやってる現在進行中の汚い仕事を洗ってくれ」

「どんな・・・」

「それをこちらが知りたい。

十日後に報告書にして提出してくれ」

「おいおい、十日かよ」

「もっと人手を増やしな。

大手にいた連中を雇えば良いだろう」

 俺は更に小袋を三つ追加した。

ジャラリ、ジャラリ、ジャラリ、金貨三百枚。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに主人公の裏稼業を見たいですね。さすがに貴族の暗殺は拙いので大義名分が必要なのは分かりますが、商会長や金貸しなんかは主人公が直々に首を刎ねて見せしめにしてもいいんじゃないでしょうか。…
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