(テニス元年)12
アルファ商会を代表してシンシアとルースが屋敷に来た。
二人は初っ端に、迎え出たダンカンに注文した。
「室内じゃなく、庭園じゃ駄目かしら。
この所、事務仕事で疲れているの。
新鮮な空気に触れたいわ」
それをダンカンから聞かされた。
ご要望にお応えして、池の畔の四阿で面会した。
行くと、二人は見るからに疲れ切った表情でお茶していた。
果たしてそれでお茶の味が分かるのだろうか、甚だ疑問だ。
それでも態度は立派なもの。
俺の視線をしっかり受け止めた。
シンシアに尋ねられた。
「この場合は商会長ですか、それとも伯爵様」
「身内だけの時は昔通りにダンで」
「それではダン、まず朗報から、売れ行きは好調よ。
お貴族様向けの高価版も、一般向けの廉価版も品切れ寸前ね。
各工房の尻を叩いているけど、熟練工が育つまでは無理みたい。
だから商圏は、暫くの間は国都に絞るわ」
儲かっているなら文句はない。
まずは初期投資分の回収だ。
「それで結構です。
朗報の次は何ですか」
「面倒臭い連中が湧いてるの」
「この伯爵様相手に」
「儲かるからね。
正面から来ないで搦め手で来てるわよ」
「例えば」
「工房の職人のスカウト、もしくはその工房の買収。
まあ、これらは可愛いものよ。
面倒なのは、商品の横流しを唆す輩や、技術を盗み取ろうとする輩ね。
倉庫に忍び込む輩もいるし、守ろうにも人手が足りないのよ」
俺はお茶を飲みながら思案した。
「結局、僕は甘く見られていると」
「そこまでは言わないわ」
ルースが言い添えた。
「私達の方で強硬手段に出ても良いかしら。
今日はそういう話よ」
止むに止まれぬ結論に達したらしい。
「それはシビルも含めての結論」
「そうよ、女だからと甘く見られると困るのよね」
「つまり裏にいる奴等が分かってるんだね。
分かった、それらを一人残らず教えて欲しいな」
「どうするの」
「裏を取ってから、こちらで対処する。
それまで辛抱して貰えるかい」
俺はその日は深夜労働。
外出なので着替えた。
何時もの悪党用ファッションだ。
細目のズボンにシャツ、編み上げの長靴にフード付きローブ。
魔法杖に仮面。
何れも【自動サイズ調整】の術式が施されているので問題はない。
【索敵】で安全を確認し、時空スキルで自分の屋敷の屋根に転移。
そこから更に相手先の屋根の上空へ転移した。
重力スキルでゆっくり着地。
下を透視スキルで覗き見た。
向かった先は外郭東区画のスラム。
久し振りにサンチョとクラークのアジトを訪れた。
この二人は相変わらずの仕事好き。
深夜にも関わらず、明かりが点いていた。
おや、珍しくサンチョの姿がない。
代わりに別の輩が書類仕事を熟していた。
もう一人のクラークは平常運転。
ソファーで酒を飲んでいた。
光学迷彩を起動して、その室内にお邪魔した。
執務中の輩は気付いた様子はないが、クラークは流石。
手のグラスをテーブルに戻した。
そして室内をキョロキョロ、ウキョロキョロ、見回した。
それでも俺の居場所の特定には至らない。
俺は室内の片隅で光学迷彩を解いた。
所謂、背後を取られない四つ隅の一つだ。
クラークが即座に視線を向けて来た。
「おや、お出ましですかい、御大将」
余裕を見せているが、心拍数が跳ね上がっているのは丸分かり。
食わせ者には違いないが、愛すべき高齢者、ご老体だ。
執務中の輩が顔を上げた。
サンチョから比べれは若造だ。
その若造がクラークを見てから俺の方へ視線を転じた。
「誰っ・・・」
俺は無視してクラークに尋ねた。
「サンチョが随分と若返ったみたいだが、どうしたんだ」
クラークは余裕を見せつけんと、再びグラスを手にし、飲み干し、
叩きつける様にテーブルに戻した。
「ほんとに随分だな。
こっちの都合も考えてくれんか」
「はて、都合とね。
それを聞こうじゃないか」
「アンタが来んようになってから、ここだけじゃなく、
全部のスラムがガタガタになった。
西も東も、南も北も。
反乱や政争のお陰で、奉行所から毎日の様に手入れだよ。
手入れを喰らって大手は全部潰された」
俺の責任の様に言うのは止めて欲しい。
でも相手はご老体、労わってあげようじゃないか。
「つまりスラムは住み易くなったって事かい」
「いや、逆だ。
これまで大手があったから、ある意味、住み易かった。
ところが大手が潰れて、代わりに若造達が伸して来た。
毎日の様にあっちで抗争、こっちでも抗争。
群雄割拠で、シッチャカメッチャだよ」
クラークは暴力が大好物だとばかり思っていた。
違うのか、意外っ。
「それがサンチョと何の関係が」
「アンタのお陰でウチは資金が潤沢だ。
何せ返済しなくて良いからな。
こちらの懐具合は隠していたんだが、どうやら漏れたらしい。
サンチョが付け狙われる様になった。
だから今は、スラムの外に潜伏させてる」
サンチョはスラムのファミリー構成員だったが、元は冒険者。
暴力はお手の物、そんな彼が潜伏を余儀なくされるとは。
俺はクラークを見据えた。
目色で分かったのか、クラークが先に言う。
「ああ、俺を狙う奴はいねえよ」
そうだろう、そうだろう。
クラークには奥の手があった。
獣化だ。
加えて闇魔法もある。
敢えて正面から挑む奴はいないだろう。
「急ぎの仕事を持って来た。
受けてくれるよな」
クラークが仰々しく両肩を窄めた。
「ウチにそんな余裕があると思うのか」
俺はローブの内に手を入れ、虚空から小袋三つを取り出した。
それをクラークのソファーの上に放り投げた。
ジャラリ、ジャラリ、ジャラリ、金貨三百枚。
途端、クラークの目色が変わった。
お金も大好物らしい。
「仕事の内容は」
俺は続けて一枚の紙を、風魔法でクラークの手元に飛ばした。
「侯爵一人、伯爵一人、商会の商会長が二人、金貸しが一人」
紙に記載したのは人名だけなのだが、流石は裏の住民。
言い当ててくれたので、説明が省けた。
「人名だけで分かるということは、そいつらは裏とは親しいのか」
得意満面なクラーク、待ってましたとばかりに言う。
「親しいって言えば親しい。
しかし、正確を期すなら、身分職分は違うが同じ穴の貉だ」
「こいつらがやってる現在進行中の汚い仕事を洗ってくれ」
「どんな・・・」
「それをこちらが知りたい。
十日後に報告書にして提出してくれ」
「おいおい、十日かよ」
「もっと人手を増やしな。
大手にいた連中を雇えば良いだろう」
俺は更に小袋を三つ追加した。
ジャラリ、ジャラリ、ジャラリ、金貨三百枚。




