(三河大湿原)11
魔法が発動しても永遠に続くものではない。
効果は一瞬のこと。
広域魔法の呪文を詠唱すると魔方陣が空に浮かび上がり、
存在を知らしめて魔法が発動する。
次の瞬間には空になった魔方陣が消え去る。
被害は甚大だが、双方とも広域魔法を止める気配がなかった。
しかし魔導師といえど魔力には限りがある。
ことに広域魔法は一人につき最大三回と計算すれば、
いずれ力尽きるのは明白。
将官達は自陣の被害を甘受し、次の算段にかかっていた。
残存兵力による総力戦に移行すべく隊列を整えていた。
ところが様相に変化。
空に浮かび上がる広域魔法の紋様に魅せられたのか、
魔導師に届かぬ下位の魔法使い達が我も我もと広域魔法に挑んだ。
未熟な者達によって発動された広域魔法。
完全とは言えぬ魔方陣が空に浮かび上がって行く。
大半は所々が欠けた未熟な魔方陣。
風に流されるようにして消え去る運命なのだが、
運が悪いことに数が多すぎた。
不完全同士が重なり、入り混じり、変色するかのように、
魔方陣そのものが別の紋様に変じて行く。
三つ、四つ、五つと重なり、未知の多重構造の体をなして行く。
何の悪戯か、未知の紋様の魔方陣が完成した。
これまで誰も見た事のない巨大で立体的な魔方陣。
呪文の文字、数字が色とりどりで、発光しながら回転を始めた。
そして、
それが、
発動した。
途端、
耳をつんざく轟音。
空気を揺らし、地を揺らし、あらゆる物を圧し、弾き飛ばした。
激烈な震動。
続いて四方八方に隙間なく光が放たれた。
次の瞬間には・・・、暗転。
昼間の陽の光が完全に遮断され、全てが闇に包まれた。
音がしない。
月も星もない闇に覆われた。
ただ、何かが動いていることだけは気配で分かった。
同時に生暖かい風が臭いを運んで来た。
・・・。
霧が晴れるように闇が消え去った。
陽の光の下には、まったくの別世界が広がっていた。
今で言う三河大湿原。
見知らぬ鳥が、獣が群れをなし、鳴き咆えていた。
戦場であった筈が、戦死した兵士の遺体が全て消えていた。
町も村も川も、跡形すらなかった。
三河地方の一部であった、という痕跡すらも。
隣接する地方の神社の宮司達が空の魔方陣を見ていた。
彼等は何れもが魔法使い。
なかには魔導師もいた。
彼等は空に浮かび上がる魔方陣で状況を推し量った。
特に最後の巨大で立体的な魔方陣は、はっきり見えた。
「彼等によると、教えられたこともない魔方陣だったそうだ。
時空と転移の二つを組み合わせたものが、
偶然組み上がったのではないかと言うことだ」
父の言葉はそこで終わった。
なにか教訓的なことでも言うかと思いきや、口を開く気配がない。
ジッと待つが、何もない。
俺達を一瞥することもない。
ただ、三河大湿原を眩しそうに眺めているだけ。
俺達は戸惑った。
父の態度もだが、三河大湿原の成り立ちに対してもだ。
村塾の座学で習ったのは、
源氏と平家の戦いの最中に大災害が起こって大湿原が生まれた、
と言うものだった。
有り体に言えば、事実と真実の違いだろうが今はそこではない。
父の真意が見えてこない。
俺達の口から答えを求めているのではなさそうだ。
それぞれで考えろ、ということか。
思案に暮れているとカールが現れた。
「出立の用意が整いました」父に報告した。
父はいつもの顔で俺達を見回した。
「さあ村に戻るぞ」
俺は父を気遣った。
「ジャニス様はワニ狩りの予定だそうです。
手伝わなくていいのですか」
すると父は俺の耳に口を寄せた。
「織田家には跡継ぎの男子が四人いる。
国都の正室が二人。
領都の側室に一人。
それに面倒臭いのが、もう一人。
今どこかと親しくするのは下策だ」ニコリと笑う。
父はカールと二人してジャニスのテントに赴き、出立の挨拶をした。
ジャニスに邪心はないようで、
気軽にエイミーとともにテントの外まで見送りに出てくれた。
ところがハロルド佐久間は違った。
飛んで来て、ワニ狩りの手伝いを強制しようとした。
それでも父が首を縦にしないので、
「伯爵様のご寵愛がどこにあるか、ご存じか」と口にした。
父が何か言う前に、ジャニスが遮った。
「アンソニー殿、また会いましょう」と出立を促した。




