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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
314/373

(テニス元年)6

 翌日も大講堂は大盛況。

外には入場を待つ行列、内には試合に出たい生徒達の行列。

学年やクラスに関係なく、大勢の生徒がテニス体験を望んだ。

これに学校当局は頭を痛めた。

結局、規制の上に規制を重ね、事態を収拾しようとした。

それで済む訳がない。

あちこちから抗議の声が上がった。

 担任・テリーが教頭に手招きされたのを潮に、俺は運営席を離れた。

正確には逃げた。

この騒ぎは俺の手には余る。

学校当局に任せよう。

彼等は大人なんだから、良い解決策を講じるだろう、たぶん。


 大講堂の裏口から外に出た。

校庭を暫く歩いて、ベンチに腰を下ろした。

良い風が俺の頬を撫で回した。

右肩に微かな重さ。

アリスが腰掛けた。

少し遅れて左肩にも重さを感じた。

ハッピーだ。

二人は透明化していたので、誰にも気付かれない。

俺が溜息付くと念話が来た。

『まるで大人みたいに辛気臭いわね』

『パー、リラリラックスッペー』


 大人ならこんな事態を想定していたかも知れない。

けど俺は未熟な子供。

ここまで受け入れられるとは思わなかった。

ただ、単純に受賞を狙える、商売になる、それだけを考えていた。


 物事は俺の意志とは関係なく進んだ。

クラス皆が望んだ様に、我がクラスが最優秀賞に輝いた。

代表して俺が表彰を受けた。

教師席を見ると、テリーは大いにお疲れの様子。

それでも俺達を褒め称えてくれた。

「来年も獲ろうな」

 今は心にもない言葉。

でも、来年のテリーは分からない。

俺達に発破を掛ける姿しか思い付かない。

そんな性格が分かっているので、俺は苦笑い。


 俺はアリスとハッピーを同伴してテニスショップに向かった。

校門を出た所で当屋敷の随員達が合流した。

執事・ダンカン、従者・スチュアート、メイド長・バーバラ、

メイドのドリスとジューン。

それに兵士四名が加わった。

皆は俺の気持ちが分かっているのか、受賞に関しては何も述べない。

優しいな、みんな。

今回を糧にするよ、みんな。


 アルファ商会本拠は外郭南区画にあった。

貴族街から近く、歩ける距離。

学校からだと少し離れているが、馬車に乗る程ではない。

でも、もうじき伯爵。

そうなると子供だよとは言っていられなくなる。

周囲の迷惑を考慮して学校の行き帰りは馬車になるだろう。

それまでは歩きを楽しもう。


 商会が見えて来た。

リフォーム中の店舗の隣で、仮店舗がプレオープンしていた。

今俺達を一輛の馬車が追い抜いた。

描かれた紋章を見てダンカンがスチュアートに質問した。

「あの馬車は何処の誰ですか」

 スチュアートは考えて一つの姓を告げた。

「はい、正解。

それが当家との縁でプレオープンに招待した子爵家です。

では、同じ様な紋章を使っている家があります、それは」

 同じ紋章を使用しても、ちょっとだけ差異を付ければ認められた。

この面倒臭い問題にスチュアートは少しも怯まない。

一つ一つ、その名を挙げて行く。

驚いた。

名を挙げるスチュアートもだが、成否を下せるダンカンもダンカンだ。

俺が学校でのんびりしていた頃合い二人は、

屋敷で書類仕事に勤しんでいると思っていた。

ところがそれ以上だった。

俺の役に立つ為に、貪欲に知識を吸収していると分かった。

その範囲は雑学トリビアにも及ぶのかも知れない。


 俺達を追い抜いた馬車が仮店舗の馬車寄せに入った。

すると間髪入れずにスタッフ二人が駆け寄った。

一人が車内に聞こえる様に声を掛けてドアを開けると、

もう一人がエスコート役に回った。

車内から下りる招待客を丁寧にエスコート。

下りて来たのは着飾ったご婦人と、お付きの執事とメイド。

それを仮店舗入り口までご案内。

引き継いだのは経営陣の一人、ルース。

何事かご婦人の耳元に囁き、その答えを受けて、店内案内を始めた。


 俺は何て恵まれているんだ。

優秀な人々に支えられていると実感した。

言葉にはしないが、心の内で感謝した。

 どうやら仮店舗の視察は無用のようだ。

俺は仮店舗ではなく、リフォーム中の倉庫に入った。

そこがテニスショップとポーションショップ、そして商会事務所になる。

俺に気付いた現場監督が早足で迎えに来た。

ダンカンが俺に尋ねた。

「仮店舗の視察だと思っていましたが」

「君も見ていただろう」

 ダンカンが俺の言動に留意しているのは知っていた。

今回も視線の先を追った筈だ。

「はい、見ていました。

商売とは言え、きちんと指導されています。

これを見習い、屋敷でも負けぬ様に徹底させます。

・・・。

本日の訪問は事前に告げています。

たぶん、シンシア殿がお待ちになっていますよ」

「誰か走らせてくれるか、予定変更だって」

「それでは私が」

 スチュアートが買って出た。

仮店舗へ向かった。


 拝領した伯爵邸のリフォームが終わった。

それに伴い、引っ越しとなった。

これが一日では済まない。

使用人も増えたので五日にも渡っての引っ越し。

その面倒臭い引っ越しを終えると、次のスケジュールが目白押し。

中でも最大の物は陞爵パーティ。

疲労漂う中で、自らを披露する訳だ。

美濃の寄親伯爵に成りましたよって。


 当日は日頃の行いも良く、晴天。

俺は本館玄関で全出席者を出迎えた。

来るわ、来るわ、お貴族様方が。

招待した側だから承知していたが、実際に出迎えるとなると、疲れた。

それでも疲れた顔は出来ない。

玄関へ上がって来る相手に、飛び切りの笑顔で言葉を掛けた。

「本日はお忙しい中、当家へご足労頂き、誠にありがとうござます。

奥にて大いに楽しんで下さい」

 もしくは。

「お忙しい中、お越し下さりまして、ありがとうございます。

本日は大いに楽しんで下さい」

 あるいは。

「ようくいらっしゃいました。

中にて大いに楽しんで下さい」

 後ろからダンカンが相手の馬車の紋章を見て、姓名と爵位を、

手短にレクチャーしてくれた。

それによって俺は言葉を使い分けた。


 そして狙い澄ました様に最後の馬車が現れた。

先触れは顔馴染みのカトリーヌ明石少佐。

彼女は近衛の女性騎士隊を率いて、王妃様の警護を担っていた。

そのお偉い少佐が意気揚々と当家の門を駆け抜け、

俺の目の前で颯爽と下馬した。

「佐藤伯爵殿、王妃様が参られる」

 これまた顔馴染みの副官が彼女の馬の手綱を預かり、

馬車寄せにて待機した。

遠目に馬車を確認した俺は馬車寄せに下りた。

とてもではないが、王妃様相手に、玄関での出迎えは考えられない。

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