(テニス元年)6
翌日も大講堂は大盛況。
外には入場を待つ行列、内には試合に出たい生徒達の行列。
学年やクラスに関係なく、大勢の生徒がテニス体験を望んだ。
これに学校当局は頭を痛めた。
結局、規制の上に規制を重ね、事態を収拾しようとした。
それで済む訳がない。
あちこちから抗議の声が上がった。
担任・テリーが教頭に手招きされたのを潮に、俺は運営席を離れた。
正確には逃げた。
この騒ぎは俺の手には余る。
学校当局に任せよう。
彼等は大人なんだから、良い解決策を講じるだろう、たぶん。
大講堂の裏口から外に出た。
校庭を暫く歩いて、ベンチに腰を下ろした。
良い風が俺の頬を撫で回した。
右肩に微かな重さ。
アリスが腰掛けた。
少し遅れて左肩にも重さを感じた。
ハッピーだ。
二人は透明化していたので、誰にも気付かれない。
俺が溜息付くと念話が来た。
『まるで大人みたいに辛気臭いわね』
『パー、リラリラックスッペー』
大人ならこんな事態を想定していたかも知れない。
けど俺は未熟な子供。
ここまで受け入れられるとは思わなかった。
ただ、単純に受賞を狙える、商売になる、それだけを考えていた。
物事は俺の意志とは関係なく進んだ。
クラス皆が望んだ様に、我がクラスが最優秀賞に輝いた。
代表して俺が表彰を受けた。
教師席を見ると、テリーは大いにお疲れの様子。
それでも俺達を褒め称えてくれた。
「来年も獲ろうな」
今は心にもない言葉。
でも、来年のテリーは分からない。
俺達に発破を掛ける姿しか思い付かない。
そんな性格が分かっているので、俺は苦笑い。
俺はアリスとハッピーを同伴してテニスショップに向かった。
校門を出た所で当屋敷の随員達が合流した。
執事・ダンカン、従者・スチュアート、メイド長・バーバラ、
メイドのドリスとジューン。
それに兵士四名が加わった。
皆は俺の気持ちが分かっているのか、受賞に関しては何も述べない。
優しいな、みんな。
今回を糧にするよ、みんな。
アルファ商会本拠は外郭南区画にあった。
貴族街から近く、歩ける距離。
学校からだと少し離れているが、馬車に乗る程ではない。
でも、もうじき伯爵。
そうなると子供だよとは言っていられなくなる。
周囲の迷惑を考慮して学校の行き帰りは馬車になるだろう。
それまでは歩きを楽しもう。
商会が見えて来た。
リフォーム中の店舗の隣で、仮店舗がプレオープンしていた。
今俺達を一輛の馬車が追い抜いた。
描かれた紋章を見てダンカンがスチュアートに質問した。
「あの馬車は何処の誰ですか」
スチュアートは考えて一つの姓を告げた。
「はい、正解。
それが当家との縁でプレオープンに招待した子爵家です。
では、同じ様な紋章を使っている家があります、それは」
同じ紋章を使用しても、ちょっとだけ差異を付ければ認められた。
この面倒臭い問題にスチュアートは少しも怯まない。
一つ一つ、その名を挙げて行く。
驚いた。
名を挙げるスチュアートもだが、成否を下せるダンカンもダンカンだ。
俺が学校でのんびりしていた頃合い二人は、
屋敷で書類仕事に勤しんでいると思っていた。
ところがそれ以上だった。
俺の役に立つ為に、貪欲に知識を吸収していると分かった。
その範囲は雑学トリビアにも及ぶのかも知れない。
俺達を追い抜いた馬車が仮店舗の馬車寄せに入った。
すると間髪入れずにスタッフ二人が駆け寄った。
一人が車内に聞こえる様に声を掛けてドアを開けると、
もう一人がエスコート役に回った。
車内から下りる招待客を丁寧にエスコート。
下りて来たのは着飾ったご婦人と、お付きの執事とメイド。
それを仮店舗入り口までご案内。
引き継いだのは経営陣の一人、ルース。
何事かご婦人の耳元に囁き、その答えを受けて、店内案内を始めた。
俺は何て恵まれているんだ。
優秀な人々に支えられていると実感した。
言葉にはしないが、心の内で感謝した。
どうやら仮店舗の視察は無用のようだ。
俺は仮店舗ではなく、リフォーム中の倉庫に入った。
そこがテニスショップとポーションショップ、そして商会事務所になる。
俺に気付いた現場監督が早足で迎えに来た。
ダンカンが俺に尋ねた。
「仮店舗の視察だと思っていましたが」
「君も見ていただろう」
ダンカンが俺の言動に留意しているのは知っていた。
今回も視線の先を追った筈だ。
「はい、見ていました。
商売とは言え、きちんと指導されています。
これを見習い、屋敷でも負けぬ様に徹底させます。
・・・。
本日の訪問は事前に告げています。
たぶん、シンシア殿がお待ちになっていますよ」
「誰か走らせてくれるか、予定変更だって」
「それでは私が」
スチュアートが買って出た。
仮店舗へ向かった。
拝領した伯爵邸のリフォームが終わった。
それに伴い、引っ越しとなった。
これが一日では済まない。
使用人も増えたので五日にも渡っての引っ越し。
その面倒臭い引っ越しを終えると、次のスケジュールが目白押し。
中でも最大の物は陞爵パーティ。
疲労漂う中で、自らを披露する訳だ。
美濃の寄親伯爵に成りましたよって。
当日は日頃の行いも良く、晴天。
俺は本館玄関で全出席者を出迎えた。
来るわ、来るわ、お貴族様方が。
招待した側だから承知していたが、実際に出迎えるとなると、疲れた。
それでも疲れた顔は出来ない。
玄関へ上がって来る相手に、飛び切りの笑顔で言葉を掛けた。
「本日はお忙しい中、当家へご足労頂き、誠にありがとうござます。
奥にて大いに楽しんで下さい」
もしくは。
「お忙しい中、お越し下さりまして、ありがとうございます。
本日は大いに楽しんで下さい」
あるいは。
「ようくいらっしゃいました。
中にて大いに楽しんで下さい」
後ろからダンカンが相手の馬車の紋章を見て、姓名と爵位を、
手短にレクチャーしてくれた。
それによって俺は言葉を使い分けた。
そして狙い澄ました様に最後の馬車が現れた。
先触れは顔馴染みのカトリーヌ明石少佐。
彼女は近衛の女性騎士隊を率いて、王妃様の警護を担っていた。
そのお偉い少佐が意気揚々と当家の門を駆け抜け、
俺の目の前で颯爽と下馬した。
「佐藤伯爵殿、王妃様が参られる」
これまた顔馴染みの副官が彼女の馬の手綱を預かり、
馬車寄せにて待機した。
遠目に馬車を確認した俺は馬車寄せに下りた。
とてもではないが、王妃様相手に、玄関での出迎えは考えられない。




