(三河大湿原)10
ジャニス達の合流により大人が増えて人員に余裕ができた。
それで俺達子供は夜番を免除された。
単純に子供らしく喜んだ。
夕食の片付けを手早く済ますや子供達用のテントに駆け込む。
トランプや花札で遊べると思ったものの、短時間で終わってしまった。
デニスが倒れるように寝入ったのを契機に、
次々、誘われるように寝息を立てた。
疲れが一気に噴き出したらしい。
俺は三人それぞれに厚い毛布をかけた。
遊び相手がいないので俺も毛布にくるまった。
俺の脳内のモニターが、待ってましたとばかりに提案してきた。
「地中の魔素濃度がレベルに達しています。
ダンジョンを創造しますか。承諾、却下」ダンジョンマスターだ。
当然、却下。
それよりも俺の頭の片隅にこびり付いているものが問題だ。
夕食前の父の言葉。
「ダン、時流を読むんだ」
確かにそうなのだ。
俺は前世の習慣を完全に忘れていた。
ニュースは社会人にとって必要不可欠なもの。
一日に一食は摂らねばならない栄養素。
僻地の村の子供に生まれたことで、すっかり忘却していた。
反省、反省。
耳から蓄積された情報を反芻した。
大概は村人達や行商人から仕入れたものだ。
それらを丁寧に仕分けた。
織田家はそもそも歴史が浅い。
尾張地方に移封されて来たのは百年ほど前のこと。
越前地方の男爵であったものが子爵として赴任して来た。
隣領との領境争いで功を上げ、豊かな尾張地方の領地を得たのだ。
それから三代。
権謀術策に明け暮れ、気がついたら寄親の伯爵を攻め滅ぼし、
成り代わっていた。
そのせいか、権力はあるが信望はない。
国を治める足利氏にしても似たようなもの。
国王を支える評定衆同士が争うこと自体、
近年では珍しいことではなく、日常化していた。
その度に国王が仲裁に乗り出す騒ぎ。
長い統治で飽きられたのか、錆びたのか、それは分からない。
とにかく国王の威が隅々にまで行き届いていない。
それは地方も同様であった。
地方の有力貴族は中央を見限って寄りつかない。
それを見て中小貴族も倣う。
最終的に辿り着くのは下層からの搾取。
そうなると平民に残されたのは一揆や取り付け騒ぎ。
国都から遠隔地の荘園に代官が派遣されているが、
彼等の多くも騒ぎと無関係ではいられない。
中央の威がなければ荘園を治められない。
自然、私兵を雇い、自立傾向を強めて行く。
現在の体制は末期症状のようだ、と結論づけた。
そんな世の中に俺は近々歩み出す。
それも冒険者として。
騒ぎには巻き込まれたくない。
世間にもあまり関与したくない。
となると傍観者でもいいのかな・・・。
翌朝、朝食を片付けると俺達子供は父に呼ばれた。
並んで椅子に腰掛けて大湿原を見下ろした。
この風景を見てどう思う、と聞かれた。
俺の前世に、三河大湿原は存在していない。
どう答えれば正解なのか、それが分からない。
「この大湿原が生まれたのは五百年ほど前だ。
その前は普通に人が暮らせる環境があった。
山があり、草原があり、川が流れていた。
村があり、東海道があり、街道沿いには多くの町もあった」
藤氏王朝を滅ぼした平家と源氏が最終決戦の地にここを選んだ。
双方合わせて二十万の軍勢が辺り一帯の地を満たした。
合戦は決め手に欠き、長期に及んだ。
死傷者が続出しても双方とも退く気はなかった。
無理もなかった。
ここで退けば、これまでの全てが無駄になる。
残り少ない糧食で踏ん張った。
そこで、異常な事態に突入した。
誰かが広域魔法を発動したのだ。
魔法使いの最上級職、魔導師にしか使いこなせない広域魔法。
空に高々と魔方陣が浮かび上がった。
火の魔法。
火の柱が何本も雨のように空から降ってきて地を火の海にした。
それが切っ掛けになった。
両陣営から次々に広域魔法が放たれ,
その度に空に魔方陣が描かれた。
水魔法。
土魔法。
風魔法。
闇魔法。
光魔法。
様々な属性の魔方陣が空に高々と、誇らしげに浮かび上がる。
空は綺麗な絵模様。
下はまさに地獄絵図。
火に焼かれ、水に溺れ、地に埋められ、風に飛ばされ、闇に消され、
光に射貫かれ、・・・、多くの兵士が殺された。
離れた地域の住民までが巻き添えになった。




