(伯爵)15
会場に出入りする者が多い。
その全てが礼装。
当事者とその関係者のみではなく、警備の近衛兵もであった。
儀式感、空気感が半端ない。
俺達もその波に飲み込まれた。
入り口の受付は典礼庁の文官複数名。
忙しなさそうに帳簿等を確認し、書き込みを行っていた。
俺達は案内の女官の手続きでスムーズに通過できた。
よくよく見ると、全ての当事者に女官が付いている訳ではなかった。
大半は当事者か関係者が手続きを行っていた。
俺達は何故か特別に扱われていた。
フロア入り口には近衛兵が壁を背にして、ずらりと並んでいた。
その威圧感、半端なし。
女官に気付いたのか、そのうちの二名がサッと前に進み出て来た。
そして俺達を先導してくれた。
ドアが大きく開けられた。
すると通路には赤い絨毯が敷かれていた。
近衛兵の一人が俺に囁いた。
「伯爵様になられる方は最前列です。
御家臣の方々もです」
フロアは二つに分けられていた。
前方が叙爵陞爵される当事者達が座る席。
後方は叙爵陞爵される側の関係者か、観覧する者達が座る席。
前方も後方も大方が埋まろうとしていた。
その中を俺達は所謂、バージンロードを案内された。
エスコートは女官と近衛兵。
特別感が半端ない。
不躾な視線の中、俺達は最前列に案内された。
「それでは我々はここまでです」
女官と近衛兵が優雅に挨拶し、踵を返した。
俺はその三名の背中に言葉を投げた。
「ありがとう」
席は折り畳みではなく、床に固定されていた。
その並びに俺達は腰を下ろした。
俺はカールとイライザに挟まれる格好になった。
イライザが俺に囁いた。
「まるで私とカールの子供みたい」
イライザは俺の四つ上。
カールに至っては二十も上。
「もしかしてイライザの目は節穴」
「どうしてそうなるのよ」
「なんとなく」
「理由をおっしゃい、理由を」
カールから呆れた様な声。
「ここに来ても二人は大の仲良し子好しだな。
お兄さんは安心したよ」
最奥の階段を上がるとステージがあり、
見るからに重厚そうな椅子が据えられていた。
今は国王がいないので、そこには一つのみ。
王妃様の席が用意されていた。
そこを照らす照明が点けられた。
典礼庁の長官がステージ脇から姿を現した。
控えていた風魔法使いが彼の言葉を拡散した。
「もうじき王妃様が入られます」
まず近衛の女性騎士十名が現れ、ステージ上の配置に付いた。
そしてポール細川子爵の先導で王妃様が入られた。
公式の場であるので、金のティアラをされていた。
正面に立たれ、フロア全体をゆっくり見回され、軽く頷き、席に付かれた。
右に立つのがポール殿。
左はカトリーヌ明石少佐。
この立ち位置で二人の重用ぶりが分った。
男爵への叙爵から始められた。
典礼庁のスタッフが名前を読み上げ、
別のスタッフが当事者をステージ上にエスコートした。
長官が淡々と滞りなく当事者に証書を手渡すと、
王妃様が言葉を掛けられた。
「これから励んで下さいね」
言葉に、漏れなく全員が一瞬、硬直、そして背筋を伸ばして、
「励みます」深々と頭を下げた。
儀式美が遺憾なく発揮された。
俺は暇だったので鑑定を始めた。
勿論、公明正大にではない。
下位の者には捉えられないだろうが用心して土魔法を重ね掛け。
こっそり、姑息に、階段を上がる当事者の足裏を捉えた。
それで判明した。
政の一環であった。
そもそもが叙爵陞爵は政の一環ではあるが、
今回のはそれが特に著しい。
西の二つの反乱の討伐に関わっている人物が異様に多かった。
どこそこの戦場で活躍した。
あるいは戦場でなくても、後方にて一定以上の貢献をした。
反乱初期は王妃様や評定衆に敵対する派閥、目障りな派閥、
欲しい職責にある者が、名指しで戦線に投入された。
そして磨り潰された。
その間、この様な叙爵陞爵の機会は設けられなかった。
ただ、空席を王妃様と評定衆で分け合ったのみ。
あの頃に比べると、その度合が減ったからの今回の叙爵陞爵。
つまり初期の目的を達したので、味方を投入をし始めた。
そして彼等の手柄を公正に評価した。
そう理解した。
なんて勝手な叙爵陞爵なんだろう。
でも俺は王妃様の派閥と色分けされていた。
声高に主張した訳ではないが、周囲はそう見ていた。
敢えて否定はしないが、むかつく。
でも口にも態度にもしない。
俺は家臣を抱えているのだ。
彼等を庇護する責がある。
せめて正式な寄親伯爵となり、一定の権力を有するまでは貝になろう。
うんっ、おかしい。
空気が変わった。
どうやらそれに気付いたのは俺一人。
他はステージに注目していた。
そのステージの脇から新たな女性騎士が現れた。
馴染みの顔。
カトリーヌ明石少佐の副官がゆるりとした足取りで上司に歩み寄った。
意識した動き。
あれだ、注目を集めない様にしているのだ。
それが功を奏していた。
誰も不審に思わない。
カトリーヌが副官に気付かぬ訳がない。
それでも、ちらりともしない。
副官がカトリーヌの背後に付き、何事か耳元に囁く。
カトリーヌは無表情を貫くが、俺は見逃さない。
彼女の表情筋が末端が緩んだのを。
眼輪筋、頬筋が。
たぶん、良い報告だ。
副官が踵を返すと、カトリーヌが王妃様の耳元に口を寄せた。
彼女もまた、ゆるりとした動き。
こちらまで聞こえぬが、短く伝え、素早く姿勢を戻した。
すると王妃様がポール殿の手に触れられた。
それに応じてポール殿が姿勢を屈め、王妃様に耳を寄せた。
まるで伝言ゲーム。
王妃様が自然な形でポール殿に何事か囁かれた。
これも短い。
ポール殿は軽く頷くと姿勢を戻した。
副官を含めた四人は場の空気を壊さぬ様に心掛けていた。
賢いのか悪賢いのか判別しにくいが、確かに意識した行為。
何事かが裏で進行しているのだろうが、
それが何なのかは俺には分からない。
うむ、・・・怪しい。
俺は土魔法を重ね掛けした鑑定を広げた。
特にフロアの外を注視した。
えっ、戦闘。




