(伯爵)14
あけおめ、これよろ、これは死語ですよね。
でもまあ、四の五の言わないで受け取って下さい。
俺はダンカンに尋ねた。
「さてダンカン、君はどこを希望する」
「岐阜の近くをお願いします。
人手は実家に相談します」
ダンカンの実家はポール細川子爵家の執事を務めていた。
しかも男爵なので姓持ち。
「姓は実家のかい」
「実家に相談しますが、出来れば新たな姓を興したいと思います」
残りはウィリアムのみ。
「ウィリアム、君はどこを希望する」
「特にありません」
「それでは僕が決めるよ。
木曽を手薄にする訳には行かないから、
隣接する地に信頼できる者を置きたい。
だから君に頼みたい。
気心が知れてると思うから、イライザと隣り合わせだ。
カール、そうしてくれるかい」
当人もイライザも異存はなさそうだ。
カールが頷いた。
「承知しました。
二人を木曽に隣接する地に配します。
そして私とアドルフ、ダンカンの三人は岐阜に隣接する地に」
俺はもう一つの問題を確認した。
「伯爵と行動を共にしなかった寄子貴族達の処遇は」
寄親伯爵は反乱するにあたり、
動員力が望み薄な寄子貴族に声を掛けなかった。
それなりの兵力を有する寄子貴族のみを招集した。
お陰で反乱に巻き込まれなかった貴族達は、
反乱終息後にホッと胸を撫で下ろした。
兄・ポールから情報を得ているカールが応じた。
「傍観していただけなので何もありません」
「本領安堵、という事かな」
「はい、そのままです」
「そうか、致し方なしか。
ところで、美濃の半分程が領主不在になるけど、その手当ては」
「近い将来の褒賞に備えて空けて置くそうです。
その間は寄親伯爵が代官として治める事になります」
つまり俺に治めろと・・・。
まあ、いいか、カールに丸投げだ。
俺が成人するまでには、それなりの形にしてくれるだろう。
翌日、俺達は礼装で箱馬車二輛に乗り込んだ。
一輛目に俺とカール、イライザ、メイド長・バーバラ。
二輛目にダンカンとアドルフ、ウィリアム、メイド・ジューン。
護衛の騎兵は六騎。
先頭に三騎、後尾に三騎。
勿論、この六騎も馭者も関係者なので礼装だ。
屋敷の者達全員の大きな喜びの声で見送られた。
「いってらっしゃいませ」
屋敷の留守は、二人の執事見習いのうちの年嵩、コリンに預けた。
それを俺付きのメイド・ドリスが補佐する体制にした。
これなら問題ないだろう。
通常、馬車では王宮区画へ乗り入れは出来ないのだが、
叙爵陞爵の当事者という事で乗り入れが許され、
内郭南門の詰め所から近衛兵一名が案内に付いた。
「私に付いて来て下さい」
彼に従って臨時の馬車寄せに駐車した。
他にも十数輛が駐車していた。
近衛兵が俺に告げた。
「控室にご案内します」
ダンタルニャン佐藤子爵家に割り当てられた控室に入った。
広い。
住む訳ではないが、内装も家具も揃えられていた。
中でも特に目を引くのが大きな姿見鏡。
2メートルクラスでも全身が映せる。
思わずなのだろう。
ジューンが呟いた。
「まるで伯爵家の控室ですね」
俺もそう思った。
と、左の続き部屋から女官とメイド二名が出て来た。
俺達に深々と頭を下げた。
「暫くの間、私共がお世話いたします」
女官とは面識があった。
王妃様の傍近くで何度か顔を合わせていた。
俺は答礼した。
「お久しぶりです。
本日は宜しくお願いします」
案内の近衛兵は行事慣れしているようで、卒なく熟してくれた。
「それでは私はこれで」
袖の下は禁止なのだが、案内を終えて戻ろうとする近衛兵に、
バーバラが自然に歩み寄った。
小声で囁く。
「ご苦労さまでした。
これを詰め所の皆様で」
軍服のポケットに小袋をそっと入れた。
前以ってバーバラに告げられていたので、俺達は視線を逸らした。
近衛兵の声が聞こえた。
「これは」
カールが近衛兵に気を遣った。
大きな声で女官に告げた。
「これが当家の者達の一件書類です。
全員の分を揃えて置きました。
お受け取り下さい」
持参した書類を女官に渡した。
叙爵陞爵する者達の姓名、家紋、領都、縁戚諸々に関する書類だ。
それらは全て寄親伯爵が目を通して朝廷に提出するのだが、
俺はまだ寄親伯爵ではない。
資格がない。
ないのだが、今回は致し方なし、とのこと。
俺が仮寄親伯爵として提出する事が許された。
最終的に国王の決裁待ちになるが、今回は王妃さま。
修正されるとか、却下される事はないだろう。
「直ぐに届けます」
バーバラが近衛兵を宥めた。
「お祝いのお裾分けです、ねっ。
内緒ですよ。
早く戻らないと上官の方に叱られますよ」
退出する女官が近衛兵に声掛けした。
「祝い事です。
目を瞑るのも役目の内ですよ。
さあ、参りましょう」
今回の式典の会場は変更されていた。
これまでの会場がワイバーンの襲来で使用不能となり、
取り壊され、更地にされたからだ。
新たな会場は王宮本館に隣接する建物。
大勢の土魔法使いや各種スキル持ちを動員し、
大々的にリフォームしたと聞いた。
聞いていたのだが、見て驚いた。
外装まで手を加えていた。
真新しいではなく、歴史と威厳を感じさせる為に、
重厚さに力点が置かれていた。
そしてそれが成功していた。
これではまるでギリシャの遺跡ではないか
たぶん、これが王妃様の趣味なのだろう。
俺は会場の建物を見上げて溜息を付いた。
リフォーム費用は如何ほど。
ここに注ぎ込んで肝心の戦費の方は大丈夫なのか。
案内は戻って来たあの女官だ。
彼女に声を掛けられた。
「佐藤子爵様、感心なさっていますね。
この建物が気に入りましたか」
「ええ、今の僕には似付かわしくありませんが、
何れ似合う年になったらと」
「この様な建物がお好きなのですね」
会場周辺は近衛による厳重な警戒が行われていた。
要所要所には立哨、絶え間なく行き交う巡回。
許可のない者は入れない王宮区画なのに、これは・・・。
現状が複雑なのは理解出来るが、行き過ぎではないか。
疑心暗鬼を生ずる輩も出兼ねない。
その点を考慮してないのだろうか。
俺はカールに視線を転じた。
俺の意を察したのだろう。
カールが深く頷いた。
誤字脱字のご報告、ありがとうございます。
深く深く、海よりも深く、広く広く、空よりも広く、感謝いします。
これからも宜しく。




