(伯爵)12
妖精の仲間から緊急連絡が入った。
『アリス、聞こえるアリス。
下にイドリス北条伯爵がいるわよ』
アリスはそちらに機首を向けた。
『あの小勢ね』
『小勢でもそれぞれがスキル持ちよ』
もう一人が近付いて来た。
『精鋭を率いて官軍の不意を突くつもりね』
『だとすると本隊は囮ね』
『ピー、囮っパー』
探索と鑑定の為に散開飛行していた。
それが功を奏した。
アリスは全機に指示した。
『全員集合、奴等の上空よ』
アリスが疑問を口にした。
『官軍はゴーレムを周囲に配しているのよ。
奇襲が成功するとは思えないんだけど』
妖精の一人が応じた。
『スキル持ちに火魔法使いが多いわ。
だぶん、ゴーレム陣の突破じゃなく、
遠間からの火魔法攻撃じゃないの』
もう一人が応じた。
『あの連中のスキルからすると、精々が中距離の火魔法攻撃ね。
射程が長距離の魔法使いは一人もいないわ』
『つまり、ゴーレム陣を突破せずに、
しょぼいファイアボールを数撃って大火事にするつもりね』
『忘れないで、弓士もいるから火矢攻撃もあるわ』
『本陣は丘の上だから、下に火を点ければ効果覿面かも。
ゴーレムでの消火は無理だものね』
アリスは結論付けた。
『後腐れなく全員始末しましょう。
私がイドリスをお仕置きしたら、それに続いて。
一人も逃さないでよ』
アリスが真っ先に急降下した。
イドリス北条伯爵を射程内に捉えた。
危険を察知したのだろう。
風魔党の党首が庇うように立ち塞がった。
アリスにとっては問題ない。
妖精魔法を起動した。
エビスの口の、両端の牙が魔力を帯びた。
選択したのは火槍・ファイアスピア。
アリスは、人間に本気の火魔法を見せつけてやる、そう思って放った。
その一撃が党首を貫き、イドリスをも葬った。
仲間達がアリスに続いた。
こうなると狩りでしかない。
強者が弱者を甚振る。
☆
王宮で叙爵と陞爵の儀が執り行われると告示された。
西に反乱二つ、東にも反乱一つ、計三つを抱えているが、
それでも王家の威信を示す為に盛大に催すのであろう。
権力を維持するのが如何に大変か察せられる。
各地から馬車に乗った人々が国都に続々と集まって来た。
大方はこれから叙爵される者とその関係者か、
陞爵される者とその関係者であった。
屋敷を持たぬ者はホテルか、旅館へ。
縁戚を頼れる者はその屋敷へ。
国都に屋敷を持つ者は、当然ながら自分の屋敷へ。
門を過ぎると、それぞれが思い思いに散って行く。
ダンタルニャン佐藤子爵家もそういう客達を受け入れた。
まあ、家臣であるから当然なのだが。
木曽の代官・カール細川男爵一行がそれだ。
彼が連れて来た妻・イライザ。
領地の領軍を率いるアドルフ宇佐美騎士爵。
この三人は美濃寄親伯爵の反乱を鎮めた功績で、
カールとアドルフは陞爵、イライザは叙爵との内示を受けて上京した。
それとは別にこの屋敷からも三人が内示を受けた。
ダンタルニャン本人と執事・ダンカン、小隊長・ウィリアムだ。
ダンタルニャンは陞爵で伯爵、ダンカンとウィリアムは叙爵で男爵。
ダンカンとウィリアムは先ごろの争乱の際、王女・イヴを屋敷に匿い、
反乱軍を退けた功績を賞されたもの。
早い話、屋敷を代表してお貴族様の末席に加わる事になった。
ダンカンは謙遜した。
「子爵様、あれは皆の働きによるものです。
私が受けるのは違う様に思います」
だから俺は言った。
「それでも受けるんだ。
それが上に立つ者の役目の一つだ。
皆には職場環境の改善で返せばいい」
ウィリアムの場合はもっと酷かった。
内示を受けた瞬間から固まった。
「子爵様、こんな田舎者で良いんですかね。
尾張と三河の国境の鄙な田舎ですよ。
そんな田舎から出て来たのは、ついこの間ですよ。
それが爵位持ちになるんですよ」
「忘れちゃいけないよ。
元々、ご先祖様は姓持ちだろう。
その姓を復活させるだけだ」
俺の記憶に間違いがなければ、彼の実家は、
我が実家・佐藤家の重臣の家柄だった筈だ。
その血筋は誇っても良いものだ。
その点、イザイラは気楽だった。
ベティ様やイヴ様と面識があるせいか、獣人特有の性格かは知らないが、
比較的のんびりしていた。
「叙爵は良いけど、姓はどうしようかな」
居合わせたカールが茶化した。
「チョンボをテイムしてるんだから、大チョンボかな」
「酷い酷い、ダン様、うちの人を叱って下さいよ。
どこか遠くへ左遷して下さいよ」
俺は甘い空気に晒された。
嫌だ嫌だ、こんな空間。
「好きにすれば」
この異世界、大多数派である平民はそもそも姓がない。
問題は生じない。
貴族の場合も、・・・、大らかと言っても差し支えない。
財産を相続する者のみが、その姓をも受け継ぐ義務が課せられる。
他は、男性側の姓にしても、女性側の姓にしても、
どちらでも一向に構わない。
イライザの様に新たに叙爵される者は、新たな姓を起こしても構わない。
売爵の者もだ。
騎士爵を与えられた者、上大夫爵ないしは下大夫爵を購入した者は、
公機関に届け出れば済む。
宮廷か、最寄りの役所に紙切れ一つ提出すれば受理される。
俺は事前に彼等五名を応接室に招いた。
「今も忙しいと思うが、王宮に参内した後はもっと忙しくなる。
だから今の内に打ち合わせて、二度手間を省こう」
皆を見回すと、異存はなさそうだ。
まずカールに確認した。
「特にカールが忙しくなる。
僕が成人するまでは僕の領地だけでなく、
美濃全体をも見てもらわなければならない」
カールがうんざりした顔で頷いた。
「ダン様が幼年学校を卒業するまでですよ。
約束ですからね」
この異世界の成人に達する年齢は幅が設けられていた。
それぞれに事情があるだろうからと考慮され、
十三才から十七才までの何れかで、と緩かった。
俺の場合は十一月卒業なので、十四才の冬に成人だ。
「分かってる、約束は守る。
それでねカール、君はこれまで領地持ちになる事を固辞していたけど、
これからはそれが許されない状況になった、分かるよね」
慣例では、状況が許す限り、寄親の下に付く寄子貴族は領地持ちだ。
俺が寄親になると、重臣となる代官・カールには好き嫌いが許されない。
領地持ちにならざるを得ない。
子爵家に生まれた彼は実直に国軍へ進んだ。
しかし、何かがあったらしい。
心境の変化で冒険者となった。
そして運が良いのか悪いのかは知らないが、鄙な村で俺と巡り合った。




