(伯爵)11
アリスは脳筋の上に方向音痴でもあった。
それを補ってくれたのがエビス搭載の【地図、ナビ】。
そして仲間のハッピーと妖精達。
アリスの間違いを仲間達が突っ込みを入れながらも優しく修正した。
対してアリスは脳筋の面目躍如、言い訳はしない。
快く受け入れ、飛行隊の機首を本来の目的地へ向けた。
前方に雄大な山が見えてきた。
山頂は靄がかかっていて判然としない。
想像するに、中腹から上の山肌が岩石だらけなので、
草木は無いに等しいだろう。
妖精の一人が口にした。
『富士山みたいね』
もう一人が反応した。
『という事は、麓に富士大樹海があるのね』
『ドラゴンの仮の棲み処があるって噂だけど』
『一時立ち寄るだけでしょう』
『要するにお休み所ね』
ハッピーが言う。
『僕達も休もうか』
アリスが突っ込む。
『素通りするわよ』
【地図、ナビ】に富士山と表示された。
ドラゴンに遭遇する事なく、飛行隊は相模上空に達した。
イドリス北条伯爵が寄親として治める地だ。
地形を見下ろしていると、大きな軍気に気付いた。
大軍が存在する。
早速アリスは妖精魔法を起動して探知した。
見つけた。
遠江からの軍勢が相模に侵攻していた。
その先鋒はゴーレム部隊。
仲間の妖精が見解を述べた。
『大物見と威圧を兼ねてるわね』
アリスは軍勢の正体を把握した。
尾張の寄親・レオン織田伯爵が率いる軍勢で、官軍でもあった。
木曽の大樹海を抜け、三河と遠江を解放し、
反乱軍首謀者の一人が治める相模に侵攻したのだ。
アリスはその事を仲間達に説明し、告げた。
『私が官軍を探るから、皆はここで暫く待機してて』
素早くエビスから出ると、そのエビスを収納庫に入れた。
官軍へ向かって、ゆっくり下降した。
ランクAの妖精を看破する者はいないと思うが、
魔力の出力は極力押さえた。
レオン織田伯爵は騎乗のまま、小高い丘に上がって行く。
付き従うのは供回りの数騎のみ。
すでに丘と周辺は索敵済み。
敵だけでなく魔物も先行させた大物見がついでに排除した。
ここらでは一番安全が保障された地だ。
少数で丘から小田原方向を望んだ。
遠目にだが小田原城郭都市が見えた。
国都より小振りだが、名古屋城郭都市よりも大きい。
レオンは羨望の眼差しになった。
「あれを攻め落とすのか」
供回りの一人、ハロルド佐久間男爵が言ってのけた。
「なあに、こちらにはゴーレムがあります」
ウォルト柴田男爵が同意した。
「そうです、足りなければ某が一番槍で乗り込みましょう」
レオンの言葉の意味を理解しているサイラス羽柴男爵が口を開いた。
「イドリス北条伯爵を生け捕りにすれば交渉は可能です」
レオンは小田原を無傷で手に入れようと思った。
見るからに防御に適した地。
山があり、川もある。
何より海が大きい。
反乱軍掃討の後背地に相応しいと算盤を弾いた。
サイラスを振り返った。
「イドリスの現在地は」
「最終確認地は武蔵地方北部です。
アンセル千葉伯爵と共に南下しております」
「慌てて引き返して来たか。
ところで、その最終確認の日付は」
「一昨日です」
「では今日あたりは会敵しても不思議ではないか」
レオンは一人納得すると、サイラスに指示した。
「この丘に本陣を置く。
周囲をゴーレムで囲み、万全を期せ。
三河勢や遠江勢は丘の後方に控えさせよ。
我の戦の邪魔にならぬ所にな」
ウォルト柴田が慌てて尋ねた。
「お館様、ここからですと城郭まで遠すぎます。
もっと近くの町や村に陣を置かれて如何ですか。
人家があれば兵達の塒にも困りません」
レオンは一蹴した。
「無用、ここに本陣を置く」
情報を得たアリスは丘を離れた。
高度に上がってエビスに乗り込み、高々度の仲間達に合流した。
下の様子を説明し、次の行動を指示した。
「南下中の反乱軍にイドリス北条伯爵がいるみたい。
さあ、お仕置きに行くわよ」
アリスはレオンの胸中なんて斟酌しない。
思いすらも至らない。
ただ、獲物に向かって一直線にエビスを飛ばした。
イドリス北条伯爵にとってこの地は地元。
地名を聞けば何があるのか手に取るように分った。
それだけに官軍斥候の行程等は、実に把握し易い。
イドリスは彼等の為に囮の本隊の動きを遅らせた。
その一方で自らは少数精鋭のみを率いて先行した。
道案内は傭兵団・風魔党。
北条家初代からの付き合いなので気心は知れていた。
その党首は傭兵団のリーダーというよりは商人タイプ。
損得勘定で行動する。
危ない橋は渡らない。
常に生き残る事を選択した。
ただ一つ、北条家だけは勘定の外。
忠誠のみ。
イドリスの隣を党首が歩いていた。
そこへ前方より、傭兵団の者が駆け寄って来た。
イドリスと党首の手前で片膝着いた。
「斥候が戻りました」
イドリスは敵陣把握を風魔党に任せていた。
彼等に勝る者などこの地にはいない。
全幅の信頼を置いていたので一行の足を止めた。
少し遅れて、その斥候が現れた。
イドリスと党首に、自分が掴んだ官軍情報を報告した。
報告を聞いた党首がイドリスに告げた。
「あの地であれば夕刻前後には辿り着きます」
イドリスが頷いた。
「であれば、このまま進むか」
「承知」
とっ、不意に党首が上を向いた。
目を凝らす。
イドリスはその視線を追った。
雲と鳥しか見えない。
党首が呟いた。
「おかしい」
視線を戻さない。
「どうした」
「上を過ぎた魔物が戻って来ました」
「魔物」
指差した。
「はい、あれです。
富士の大樹海のコールビーに比べ、大きい奴です。
初めてです、あの大きさは」
豆粒大だった物が、次第に大きくなった。
全容が見えた。
イドリスは驚いた。
コールビーにしては速度が早い。
これまでの知識を崩すものだ。




