(戸倉村)3
部屋のドアがノックされ、少し遅れて声がした。
「盗賊団が現れました」
村長のアンソニーは飛び起きた。
事前に分かっていたとはいえ、驚いた。
「して、人数は」
「確認していません。
多数が西の集落に接近しています」獣人は冷静であった。
「そうか。予想通りか。みんなは」
「身支度を終えた者から中庭に集まっています」
隣で寝ていた妻のグレースも起きて、灯りのないなか、
アンソニーの身支度を手伝った。
手早く身支度を終えたアンソニーはグレースを抱き締めた。
「心配ない。何の問題もない」
アンソニーは部屋から飛び出すと、獣人を従えて中庭に出た。
盗賊団に警戒されては拙いので、灯りは点けられていない。
それでも月明かりで全容が見えた。
長屋の男達全員が顔を揃えていた。
老人も含めて十六人が武装して整列していた。
彼等はアンソニー家に仕える雑兵で、
普段は家族と共に農業に従事するが、
戦となれば武装して村長に従う。
アンソニーは皆を見回して言葉をかけた。
「行くぞ」
当然だが待ち伏せなので、鼓舞する声は上がらない。
今や遅しと待ち構えていた雑兵達に怯えはない。
足音を立てぬように注意を払いながら屋敷の門から駆けだして行く。
アンソニーと獣人も後に続いた。
グレースだけでなく祖父・ニコライと祖母・エマも見送りに出たが、
時間が惜しいので言葉は交わさない。
西の集落から中央の集落まで来るのに、それ程の距離はない。
それでも獣人の勘働きで、こちらが微かだが優位にあった。
前方に盗賊団らしき集団の黒い影が見えた。
こちらに向かって来る様子。
と思ったら、怒号が聞こえた。
鬨の声。
続けて馬の嘶き。
無謀にも月明かりのみを頼りに我先に駆けて来た。
西の集落から中央の集落までの道路は、ほぼ一直線。
道路幅は片田舎にしては広く、馬車同士の擦れ違いは不可だが、
馬車と人なら余裕があった。
道路の右側には水田、左側には麦畑、
両側の路肩には低木が植えられていた。
実際に盗賊団の強襲を目の当たりにしたアンソニーは震えた。
領主に命令されると戦場に赴かねばならぬ土豪だが、
実戦は皆無に近いのだ。
戦場での戸倉村の仕事は一貫して小荷駄隊。
荷馬車や幌馬車で兵糧を運び、味方の後方に陣取り、
総大将の指示に従って各部隊に配るのを専門にしていた。
進軍する時は後尾の辺り。後退する時は真っ先。
味方が崩壊した際が危ないだけで、
絶えず戦場の推移を見守ってさえいれば問題はなかった。
お陰で手柄は立てられないが戦死する者は皆無。
そんな現状を村の者達は内心、密かに喜んでいた。
こちらが集落入り口の木陰にいたので、
盗賊団には全く気付かれていない。
理想的な展開だ。
アンソニーは頭では分かっていた。
そろそろ頃合い、と。
だが声が出なかった。
すると背中に手が当てられた。
隣に立つ獣人の手だ。
それに助けられて声が出た。
「放て」悲鳴に似ていた。
雑兵達が一斉に弓を射た。
重なる弦音、空気を切り裂く矢音。
盗賊団を真正面から射た。
二連射、三連射。
盗賊団から悲鳴が上がった。
獣人が用意の小さな鐘を乱打した。
呼応して北の集落、東の集落、西の集落の三方向からも鐘の音。
次々と灯りが点いた。
中央の集落も灯りが点けられた。
各所で篝火も焚かれて行く。
全ての集落から雄叫びが上がった。
揺れる無数の松明は加勢の村人の動き。
戦える者達が松明を片手に、斧や竹槍を抱えて駆け付けて来た。
獣人が鐘を打ち棄て、槍に替えてアンソニーに目をくれた。
アンソニーは躊躇いなく声にした。
「かかれ」大きく叫んだ。
麾下の雑兵達が弓を置き、槍や剣に取り替えて盗賊団に斬り込む。
先頭を走るのは獣人。
忽ちにして騎乗している二人を突き落とした。
盗賊団は混乱した。
初手の弓で動揺した。
そこに鐘の乱打と各集落の灯り。
直ぐに、待ち伏せ、と理解した。
態勢を立て直そうと図ったが、それよりも村側の行動が早かった。
退路が断たれたのだ。
西の集落の道路に馬止めの柵が置かれた。
前方を突破しようにも、先頭を走っていた仲間や馬が屍を晒していて、
足場が悪くて進めない。
そうこうしているうちに四方から攻め立てられた。
田畑を踏み越えて村人達が襲って来た。
村側の怒号が聞こえた。
「馬は傷付けるな。賊だけ仕留めろ」
松明を打ち棄てた村人達が斧や竹槍を構え、果敢に攻めて来た。
盗賊達に恐怖が走った。
アンソニーの左右を村人達が擦り抜け、盗賊団に殺到した。
狩りだ。
槍・竹槍で突き落とし、剣・斧で仕留めて行く。
賊が命乞いをするが無視された。
上がる悲鳴に、村人達の雄叫び。
みんな血に酔っているかと思いきや、段取りには従っていた。
けっして一対一では戦わない。
常に複数で一人を相手にした。
終わったときには無傷の賊を三人捕らえていた。
神社の宮司を呼び寄せて尋問を任せた。
「お前達の名前は」
宮司は二つ三つ軽く尋ねては相手の反応を窺った。
彼等の出身地、仕事の遣り方、・・・。
三人の表情、身体の仕草で特徴を捉えると、
「嘘をついた奴には火魔法をかける。このように」と一人のボロ長靴に、
掌を向けて呪文を唱えた。
言葉に詰まって目を見開くだけの賊を無視して呪文が続けられた。
やがて掌の前に小さな火玉が出現した。
それが賊の長靴に纏わり付く。
燻り始める長靴。
焦げる臭い。黒い煙。
賊が怒鳴った。
「やめろー、止めてくれー、熱っち、熱っち、熱い」
宮司が済まなそうに言う。
「私が得意なのは治癒魔法で、火魔法は苦手なんだ。
消すことまでは出来ない」
言葉が終わるより先に長靴に小さな火が点いた。
「点いた、良かった」安堵する宮司。
火の回りは早かった。
長靴全体に火が回った。
賊は慌てて火を消そうとして、縛られた身体のまま地面を転げ回った。
宮司は賊のズボンに火が回ったところで、
残った二人に視線を転じた。
「最後に聞きたいのは、お前達の根拠地のある場所だ。
正直に話せば命だけは助ける。犯罪奴隷でどうだ。
嘘と分かれば生焼きだな」落ち着いた口調で告げた。