(伯爵)8
「前もって言っとくよ。
魔法でのアシストは禁止。
当然、身体強化も禁止。
自分の素の力でプレーすること、いいね」
俺は優しいサーブを心掛けた。
それが女児達の適応を早めた。
「簡単ね」モニカ。
「返せば良いのね」マーリン。
「楽勝楽勝」キャロル。
舐めた言葉だ。
でも我慢我慢。
今日の目的は別にある。
女児達は数打つうちに慣れてきたのか、こちらへの好返球が増えた。
でも利き腕への負担が掛かるので疲れも早い。
分かり易い顔色。
「痛める前にお父さんと交替した方が良いよ」
一人二人三人とお父さんに交替した。
全員がお父さんになって、ようやくデモプレイだ。
まずはテニスを理解して貰う。
より優しくサーブした。
ついでに言葉で褒める褒める。
楽しさと面白さ全開だ。
メイド達が前もって用意したタオルをキャロル達に手渡した。
「おお、お貴族様のタオル」
「凄い、汗を吸い取るわ」
「模様が可愛い」
君達がうちのお風呂で馴染んでるタオルなんだけど。
もしかして俺をサポートしてるつもりか。
余裕で俺と父親たちのプレイを見ている。
対照的なのは手の空いたメイド達。
好奇心丸出しの顔でデモプレイを観戦していた。
もしかして、テニスがお気に召したのかな。
お父さんたちが額に汗したところで休憩にした。
こちらにもメイド達がタオルを手渡した。
俺も汗を拭き拭き、お父さん達を見た。
笑顔で溢れていた。
「これは良いな」キャロル父。
「楽しいですね」マーリン父。
「もっと走れる靴が欲しいですな」モニカ父。
女児達はコートが空いたので母達を誘った。
「お母様、やりましょうよ」
お母様達も興味津々だった。
断る訳がない。
俺は父親達に話し掛けた。
「これはテニスと申します
如何でした、疲れましたか」
「いやいや、楽しい。
足が痛くなけれはもっとプレイしたいですな」
モニカ父が悔しそうに言う。
キャロル父が俺に尋ねた。
「テニスとは」
「僕が名付けました」
「なるほど、テニスですか」
前世のテニス創始者様、ごめんなさい。
今世の創始者は俺です。
俺は三人を見回して尋ねた。
「騎士や剣士だと剣と剣、槍と槍で試合しますが、
これはネットを挟んでラケットとボールで行います。
余所に詳しくないのでお尋ねします。
これと似た様なものが余所にありませんか」
「ないですな」三人が断言した。
キャロル父がラケットを持って、俺に尋ねた。
「ところで子爵様、商談と聞いてお伺いしました。
これと関係あるのですか」
「そう、学校祭の事は娘さん達から聞いてますよね」
「はい」
「そこでテニスを披露しようと思います。
これは目新しさだけじゃない。
楽しいだけでもない。
打って、拾って、走って、打ち返す。
そう、自然に鍛える事が出来る。
しかも魔法は禁止、身体強化も禁止。
真の素の力のみで競う。
どうですか」
モニカ父がボールをニギニギしながら口にした。
「騎士や剣士の鍛錬の一つになりますね。
・・・。
子爵様、私達の商談はどこにあるのですか」
「そのラケットやボール等を作って欲しいんですよ」
首を傾げるキャロル父とモニカ父。
代わってマーリン父が口を開いた。
「はて、・・・分かりませんな。
このラケットやボールは一流の鍛冶師に依頼されたのでしょう。
恥ずかしながら同じ様な物は私共の商会では作れません。
鍛冶師への伝手は有りますが、至って普通の鍛冶師です。
この様な物を作れる職人は生憎と知りませんので」
執事・ダンカンを始めとした使用人達の表情が歪んだ。
俺が皆に内緒でその鍛冶師に会い、依頼したと理解したようだ。
自分達に黙ってと心の内で怒っているのかも知れない。
はあ、難しい案件だ。
スルーしよう。
俺は三人に説明した。
「これと同じ物を作って欲しい訳じゃないんだ。
お三方には、平民でも買える様なお手頃価格の物を作って貰いたい。
安くて、ストリングを張り替えれば五年程は使える物。
材質は魔法の術式を施せない物があれば、それで。
・・・。
ラケットを作るのは弓師か、弦楽器師あたりかな。
ボールは革の縫製師、それに空気を入れられる風魔法使い。
他にもネットや靴、サポーター、汗止めのヘアバンド、とにかく色々とね」
プレイしていても流石は商人の奥方や娘達、
耳をこちらに傾けていたらしい。
即座にプレイを中断し、ラケットやボールを手に、
こちらへ駆け寄って来た。
キャロル母が俺に言う。
「是非とも私共に任せて下さいませ」
マーリン母とモニカ母も同意した。
「亭主達が駄目なら私達で作ります」
「そうよね、男はどうか知らないけど、これは女子供には受けるわ」
商談の詰めに入らぬのに、この喰い付き振り。
釣れたどー、と叫びたい、でも我慢我慢。
お母様方が俺に詰め寄る一方、女児達は父親達に詰め寄っていた。
「お父様、断らないでしょうね」
「作りましょうよ、お父様」
「断ったら親子の縁を切るわよ」
そんな騒ぎの中、モニカから意外な提案があった。
「そうだわ、これこそ株主案件よね。
ねえ、ダン、私達子供でも出資できるのよね」
俺が驚きつ、頷くと女児達は文字通り、飛び上がって喜んだ。
そして話に付いて行けない両親に説明を開始した。
傍で聞いて驚いた。
女児達が株主会や事業計画書等々を理解していたのだ。
恐るべし、商家の娘達。
☆
北の山岳地帯を目指す飛行体があった。
数は十一機。
蜂の魔物・コールビーに似せた、やや大きめの飛行体・エビスだ。
先頭はゼロ号機のアリス。
続けて妖精達二号機から十号機。
後尾は一号機のダンジョンスライム・ハッピー。
高々度をかなりの速度で目的地に向かっていた。
若狭の上空を通過し、山岳地帯に入った。
時折、他の飛ぶ魔物と遭遇するが、速度で躱す。
目的を優先するので、無暗矢鱈には戦わない。
脳筋アリスにしては珍しい事この上なし。
アリスが念話で全機に伝えた。
『この辺りのワイバーンは減らしたけど、それでも要警戒よ。
遊び感覚で襲って来る奴がいるからね』
『パー、来たら僕がパーンチプー』
昨日の一昨日の操縦訓練でワイバーンに遭遇した。
都合二頭。
編隊訓練の一環として撃墜した。
だから問題はない。
と、言った先からワイバーンが一頭現れた。
妖精の一人が素早く鑑定した。
『はぐれね』
もう一人が即座に提案した。
それが実にえぐい。




