(三河大湿原)8
俺が困っているとジャニスがさも当然のように言う。
「ねえ、ニャン。
大人達で解決できないんだから、子供で解決するしかないでしょう。
私が風邪引く前に解決しなさい」
どういう神経をしているのか俺一人に丸投げして来た。
逃げ出したいが、父は降りかかる火の粉を払うつもりでいる。
先方も言葉にした以上、引き下がるつもりはなさそうだ。
どちらが正しく、どちらが悪いかではなく、
武士の面子の問題になっていた。
ある意味、タチが悪くなっていた。
大人でさえ扱いかねるのに、それを子供の俺に丸投げするジャニス。
買い被りにも程がある、と思う一方で、
あっ、俺の精神年齢は大人だった、と一人突っ込み。
俺は子供らしく、ジャニスに軽く頭を下げた。
「承りました。
ここは権威のある人が必要ですね」
「仲裁人ではなくて・・・」
「はい、仲裁となると時間がかかります。
ここは一つ、僕に任せて下さい」
「そうだったわね。
でも、都合良く呼べるものかしら」
俺はジャニスの疑問をスルーして呼んだ。
「国都の国軍大尉です。
我が村に休暇滞在中だったので、このキャラバンに招待しました。
カール細川大尉、前にどうぞ」
カールの身の上は当人から聞いていた。
彼は国王の側近である細川子爵家の五男。
貴族に生まれても嫡男以外は成人とともに身分は平民に落とされた。
彼も例外ではなかった。
一時だけ平民のカールになった。
と言うのは、幼年学校から国軍に進んだからだ。
でも昇進を重ねる度に待遇が代わった。
ついには高級将校になって世襲の爵位を授けられた。
カールは当然、家名を復した。
カール細川大尉・男爵で間違いはない。
退役した今でも貴族には名を連ねていた。
思った通りカールは俺の意を汲んでくれた。
国軍将校を彷彿させる姿勢でみんなの前に歩み出、
音を立てんばかりに踵を合わせてジャニスに敬礼をした。
格好は冒険者、帽子も軍帽ではないのだが、
昔取った杵柄なんだろう。
動作に一分の隙もない。
口を大きく開けた。
「国軍、国都守備第一師団、付隊大尉、カール細川であります」
声の張り上げ方も軍人そのもの。
あまりの迫力にジャニスも目をパチクリ。
「・・・細川大尉ですね。お手を煩わせて申し訳ありません」
信じて疑わない。
彼女の背後の者達は固まっていた。
事態の急変に付いて行けないらしい。
村の者達も固まっているが、事情が違った。
彼等はカールの身の上については知らない。
国都から来た冒険者、としか知らない。
カールの身の上を知っているのは父と祖父、そして俺の三人。
その一人、父が俺に飛ばす視線が痛い。
基本、真面目な人だけに変なところで融通が利かない。
チクチクする。
間を置かず俺はジャニスに尋ねた。
「お嬢様のお耳をお借りしたいのですが、宜しいでしょうか」
「内緒話なのかしら」
「問題解決の為に、ここで少し小芝居をいたします。
その台詞を覚えて頂きたいのです」
「小芝居に台詞ねぇ・・・」
「お嬢様の台詞で問題を解決します」
彼女は俺を睨むように見詰めた。
獲物を捕らえたかのような視線。
痛い、痛い。
「解決するのなら協力しましょう。
でも,臭い小芝居は嫌いよ」
「風邪引くよりも、ましでしょう」
「台詞は短めにしてよ」
注文が煩い。
けど、顔には出さない。
「はい。
・・・。
短い台詞だから脇役だな」と小さく呟きながら、彼女の傍に歩み寄った。
聞こえたのか、ジャニスが頬を膨らませた。
「ねえ、何か言った」
「いいえ、いいえ、何も申しておりません」
俺は台詞を彼女の耳に入れた。
途端、眉を顰められた。
「本当に短いわね。これで問題解決するの」
「お嬢様の言葉の力しだいです」丸投げされた返礼をした。
ジャニスが眉を吊り上げた。
「言うわねぇ。
・・・。
良いでしょう、乗って上げましょう」
俺は身を翻して彼女から距離を空け、
主の言葉を待つ家来のように片膝ついて、
これから始まる小芝居に彩りを添えた。
ソッとジャニスを見上げた。
すると彼女は満足そうな表情。
これからなのに、と思っていると視線が絡んだ。
俺に、フッと吐息をかけるかのような表情をくれ、
改めて全体を見回した。
視線が巡らされるにつれ、表情も変化して行く。
十一才の子供から大人の顔に。
ジャニスの視線が父のところで止まった。
彼女の言葉が下りてきた。
「カール細川男爵、私の警護を命じます」爵位を強調した。
俺は直ちに立ち上がった。
「お嬢様のお言葉です。
カール細川男爵、この現場の全体指揮を執って下さい。
アンソニー佐藤はその指揮下に入って下さい」
カールも乗りが良い。
ジャニスに再び敬礼し、「承知しました」受諾した。