(大乱)84
カトリーヌ明石との面会を終えた深夜、アリスとハッピーが訪れた。
『ジイラール教団の半数ほどが逃走したわ』
『パー、それ追跡したっんちゃー』
『どこへ逃げたんだ。
他所にもアジトを持っているのか』
『連中が逃げながら話していたわ。
若狭の先、北の山岳地帯に修業道場を構えているみたいね』
『ピー、だから妖精達が尾行してるっぺー』
逃れた教団員は、目立たぬ様に行商人や冒険者として個々に、
もしくは少数のキャラバンで修業道場に向かっているそうだ。
説明したアリスが本題に入った。
『そういう訳で、私達でその道場を潰すわよ』
どんな訳があるというのだ。
さっぱり分からない。
流石は筋脳妖精。
自己完結で突き進む。
ある意味、羨ましい。
でも俺は二人を眷属にしている身。
聞かねばならない。
『もしかして、皆殺し』
『当然よ』
『プー、僕達の木曽に喧嘩売った。
だから教えちゃるっペー。
その身体に刻み込んでやるっポー』
珍しくハッピーが饒舌に、・・・饒舌か、長い台詞を吐いた。
それだけに本気度が分かった。
『商会主達は』
『あちらは宮廷に任せるしかないでしょう。
仕方がないから、その分、こちらは厳しく取り立てるわ』
『パー、ぱーっと派手にね』
俺にはそんな二人は止められない。
ご愁傷様、ジイラール教団の皆々様。
俺は二人に提案をした。
『本格的な戦闘になりそうだ。
その前にエビスを整備して、ついでにアップデートしておくか。
僕に預けてくれ、二日ほどで仕上げるよ』
二人の愛機、エビス二機を回収した。
エビスの整備は難しい事ではない。
事前に【自動修復】機能の術式を施していたので、
全ての破損は修復済み。
痕跡一つすらない。
それは、これまでの相手が強敵でなかったからに他ならない。
つまり、機能不全に陥る様な相手に出遭わなかっただけ。
だからといって、これからも、そうだとは断定できない。
なにしろ俺は、大きな声では言えないが、神龍の加護持ち。
邪龍との遭遇が怖い。
何が起きるのか、・・・想像したくない。
でも、でも、万一を想定し、鑑定スキルと指先の感触で、丹念に点検した。
劣化なし、実に良い感触。
さて、邪龍はさておき、アップデートするか。
二日後の深夜、国都の上で受け渡しをした。
虚空からエビス二機を取り出した。
見た目は魔物・コールビーそのもの。
ただ、胴体が一回り大きい。
大雑把な形状としてはラグビーボール。
それが頭部、胸部、腹部に分かれていて、全長70センチ。
それに羽根と足を付けた。
胴回りの太い部分は50センチ。
二対四枚羽根。
羽根の片翼は1メートル。
三対六本足。
足の長さは60センチ。
新たに施した術式を説明した。
古い【自動修復】【自動魔力供給】【地図、ナビ】【自動回避】【転移】
【強度化、剛性化】【飛行】【光体】【魔力認識、所有者登録】のうち、
最後の【魔力認識、所有者登録】をアップデート。
【魔力認識、作成者登録、所有者登録、盗難対策】とした。
これに【防寒、防暑、防水、防塵、防汚、防刃、防火】
【探知、察知、魔力障壁ドーム】
【ブラックボックス、コーティング】を付け加えた。
『ダン、褒めてあげるわ』
『パー、りっぱりっぱー』
違う点はただ一つ。
これまでは大雑把だったが、それを精密化した。
アリスの機体は妖精魔法に、ハッピーのはダンジョンスラム魔法に、
それぞれの根源を最優先した機体とした事だ。
所謂、個性化した。
『ダン、分ってるじゃん』
『ピー、ぴゅーぴゅー』
『試してみようか、行くよハッピー』
『プー、行く行く』
俺は喜ぶ二人に釘を刺した。
『MP200にしたから、そこは注意するんだ。
特に速度と攻撃力だ』
話し終えるより先に二機が飛び立った。
競う様に水平飛行から螺旋を描く様にして回転させて急降下、
次いで反転、急上昇へと切り替えた。
上へ、上へ。
俺の頭の片隅に、馬鹿と煙は高い所が・・・の文字が浮かび上がった。
暫く俺は待ちぼうけ。
重力スキルでフワフワ。
身体強化で視覚に力を入れて二機を追尾した。
が、途中でフッと消えた。
念話は当然、繋がらない。
とっ、俺の下方に異な気配が忽然と現れた。
これは、不意を突かれた格好だ。
二機が生意気にも転移で俺を驚かせようとした。
仕方ないので俺はそれを甘受した。
『ダン、良くなってるわ』
『ペー、褒めてやるっぺ』
俺はそんな二人の目の前に、虚空からエビス九機を取り出した。
『これは仲間の妖精達に配給してくれ』
アリスの表情筋が崩壊した。
『ふわっ、わわっ・・・ほんとうに、ほんとうなの。
嬉しいわダン、ありがとね』
『ポー、ぼっぽー』
『乗り方は二人で教えてくれよ。
乗り慣れるまでは戦闘は禁止、それで良いね』
アリスの愛機がエビスゼロ。
ハッピーはエビス一号機。
だから二号機からのナンバリングになって、都合十号まで、〆て十一機。
それをアリスとハッピーが手分けして亜空間に収納した。
とっ、新たな異な気配。
それも大きな物。
それは先ほどアリスとハッピーが急上昇した方向からであった。
暴力的な気配を隠そうともせず、こちらに降下して来る。
どうやらアリスとハッピーの飛行チェックが目に留まった様子。
正体を確かめんとして、其奴は向かって来るのだろう。
しかし、ここでは拙い、ここは国都の真上。
何かあれば、下の者達の関心を引く。
それ以上に、戦闘となれば下に多大な被害を及ぼす。
相手の正体は判然とはせぬが、争いの予感しかしない。
アリスとハッピーも気付いた。
慌てて顔を上げた。
『狂暴な気配ね』
『パー、ぱっと散らしてやるっちゃ』
『場所を変えよう。
被害が出ない所に誘い込もう』
相手を引き付ける為、転移ではなく飛行を選んだ。
アリスとハッピーに否はない。
素直に俺に従った。
巨椋湖は眠ってはいない。
棲む物たちが捕食と生殖に励むので、
水面や水草が激しく揺れていた。
ある物は水上を滑走して逃れる。
ある物は水草の陰から陰へと逃げ回る。
それらを捕食せんと、水面を割って巨大な奴が顔を覗かせた。
魔物・フロッグレイドだ。
左右に視線を走らせた。
見つけた。
それは接する湿原地を二足歩行で歩いていた。
それにゆっくり、こっそり忍び寄る。
射程内に捉えた。
それから先は早い。
長い舌を伸ばして、その魔物を捕えた。
水辺に生息するクランクリンだ。
必死の抵抗を試し見るが、逃れられない。
俺達は丁度そこへ着いた。
下での争いはどうでも良い。
今は目の前に迫りつつある危機だ。
三人で態勢を整えた。
最前線が俺。
下方にアリスが潜み、右方にハッピーが遊撃として待機した。




