(大乱)83
その夜、得意満面のアリスとハッピーが現れた。
『どうよ、仕事をして来たわよ。
街で噂になってるでしょう。
掻っ攫って、掻っ攫って、空にしたわよ』
『パー、僕も掻っ攫ったよー』
俺は冷静に対応した。
『ペイン商会とハニー商会は分る。
けど、他の店は、・・・聞いてないんだよね』
『捜査の手を逃れる為の目眩ましよ。
伯爵とは無関係の貸金業者を追加したわ。
これで犯人を絞り切るのは無理になったわ、そう思わない』
『ピー、完全犯罪だっぺ』
アリスの仲間の入れ知恵、それが正解だろう。
まあ良いか、脳筋妖精を補佐してくれるとは実に心強い。
『その四つの商会だけど、襲うだけの理由があったんだよね』
『当然よ。
カジノと裏で繋がってる悪徳貸金業者よ。
十分な理由でしょう』
『プー、ぷんぷんだっぺー』
俺はもう一つの大事な事を尋ねた。
『ジイラール教団の名前が出て来ないんだけど、そっちは』
アリスが不敵な笑みを浮かべた。
『あの連中は邪教でしょう。
襲われようが、盗まれようが、殺されようが、放火されようが、
何をされても奉行所に訴え出る訳には行かないのよ』
『ペー、僕の収納庫がぱんぱんになっちゃった』
『つまり教団の金庫を空にしたと』
『そうよ、私達の欲しくない物で一杯だったから、ハッピーに任せたの』
『欲しくない物って』
『ポー、宗教美術品だっぺー』
『絵画、彫刻、工芸品、書籍、これに現金と貴金属、そして麻薬ね。
お陰で、連中は明日のお金も事欠くわ。
たぶん、急ぎの仕事を入れるしかないわね。
何十人か殺せば、教団は維持できるとおもうけど』
物騒な展開になりそうだ。
ジイラール教団が、だ。
知らない場所で斧が飛び交うのだろう。
俺は大事な人物を忘れていた。
『ジイラール教団のイマン・ホーンはどうした、いたか』
『教団の巫女の肩書だけど、本職は実働部隊の一人みたいね』
『つまり、暗殺担当だと』
『パー、マイ斧を持ってるっぺー』
三日後のこと、領地の代官・カールから報告が届いた。
王宮から派遣された医療チームが全裸伯爵・アレックス斎藤伯爵を、
歩けるまでに回復させたと。
その後を引き継いだ尋問チームが、伯爵の口を軽くしたとも。
伯爵は近日中に国都に護送される、そう記されていた。
そして六日後、厳重な箝口令が敷かれた上で、
近衛軍の物資扱いで伯爵が国都に護送されて来た。
それは、小煩い宮廷雀や都雀の目を掻い潜った。
お陰で、一連の捜査が漏れる事態が防がれた。
その日の真夜中だった。
近衛軍が奉行所の案内で外郭西区画のスラムに突入した。
大量の【遠光器】【携行灯】が投入された。
スラム全体を真昼の様な明るさにした。
その上で、ペイン商会、ハニー商会、ジイラール教団、及び、
事前に調べ上げた関係各所の強制捜査に入った。
居合わせた者達が人定尋問もなく、強制連行された。
抵抗する者は容赦なく斬られ、タンカで収容所に運ばれ、
ポーションで回復させられた。
それは人品が貴族らしい者でも問答無用であった。
取り調べは実に合理的に行われた。
【真偽の魔水晶】【奴隷の首輪】【魔法封じの首輪】を呆れる位、
ふんだんに活用し、被疑者を饒舌にした。
本件のみならず、余罪までがボロボロ。
それに取り調べの担当者が泣いたという。
「これを全て洗うとすれば、人手がまったく足りません」
「なら本件以外は奉行所に丸投げするか」
「そうして下さい。
餅は餅屋。
奉行所なら上手くやってくれるでしょう」
捜査された側にとっては弱り目に祟り目であった。
過日の連続して起きた盗難事件の穴埋めで、
緊急で運転資金を他区の同業者から借りたものが、
それが全額、書類等と共に押収されてしまったのだ。
事件が事件なので、戻されるとは思えない。
また、戻せとも言えない。
事件性から鑑みて、選択肢は廃業しかないだろう。
カトリーヌ明石少佐が俺に面会を求めた。
否はない。
アリスやハッピーから報告はあるが、それはそれ。
当局側の動きも知りたい。
双方の情報を擦り合わせて、正確を期したい。
「それでご用は、この所の捜査の中間報告ですか」
「子爵様は理解が早くて助かります」
「クラスで色々と噂ですからね。
玉石混淆で、どれが真実か悩みます」
「分ります、私共もそうです。
自白は自白として、その裏取りは欠かせません。
実に頭の痛い・・・。
愚痴になりました。
大方の事が判明しましたのでご報告します。
奴等の目的はスタンピードを起こして、それを国都に向ける事でした。
前の魔物の大移動を再現しようとしていたそうです」
「国都へ向かわせる、となると政治目的ですか」
「そうです。
裏にイドリス北条伯爵の関係者らしき者がおりました」
関東で兵を挙げた代官傘下にイドリス北条伯爵が名を連ねていた。
「都合の良い動きだとは思っていましたが、そうでしたか」
「北条伯爵側がペイン商会の金主の一人だったので、
その要請を断り切れなかったそうです」
「それにしては大掛かりですよね」
「まったく、ですね。
たぶん、喜んで要請に応じたのでしょう。
これだから商人は・・・」
カトリーヌが続けた。
大掛かりな仕事だったので手不足のペイン商会が、
気心の知れたハニー商会とジイラール教団に話を持ち掛けた。
すると、双方から一も二もなく了承を得られた。
何度かの話し合いの末、荒事に慣れたジイラール教団を中核として、
実行に移すことになった。
北条伯爵の注文でアレックス斎藤伯爵を引き入れる事になった。
それが思いの外、簡単に籠絡できた。
爵位に胡坐をかいて、彼等平民を侮っていたのだろう。
驕り高ぶりを逆手に取り、引き返せない所まで誘導した。
なのに、何故か、肝心の木曽で頓挫した。
俺はジイラール教団が気になった。
ペインとハニーの二つの商会は資金がなければ何も出来ない。
商会主から一般従業員までが全員拘束され、
関係書類や資金が押収された今、
完全に息の根が止められたと断言できる。
ところがジイラール教団は違う。
資金が血液ではない。
信仰が血液なのだ。
それも荒っぽい信仰が。
「ねえ、ジイラール教団は全員拘束したのですか」
「それですが、半数近くの逃走を許してしまいました。
暗殺教団の名は伊達ではないですね」
そこ、感心するところか。
カトリーヌが愚痴の様に零した。
「スラムの外縁を警備していた奉行所の捕り手達を、
斧一本で断ち割り、堂々と押し通って逃走したそうです」
「はあ、その追跡は」
「一旦、スラムの外に出られたら、一般人との区別が付きません。
タグも教団員としてではなく、冒険者や商人として登録しているので、
今頃は国都の外に出たのかも知れません」
ジイラール教団は暗殺教団が売りだ。
逃走して終わりでは恰好が付かない。
せめて一矢だけでも報いなければ、今後の商売に差し支える。
 




