(大乱)77
俺は喰い付いた二人に注意した。
「貴族なら何でも良い訳じゃない。
お勧めは野良のお貴族様だ」
クラークが即座に反応した。
「なら野良にするか」
野良のお貴族様。
それは爵位持ちだが、領地を持たずに市井で暮らす者達を指す。
それが割と多い。
国都には掃いて捨てる程いる。
特に退役軍人にその傾向が見られる。
将官経験者は子爵位を、佐官尉官経験者は男爵位を、
それぞれ退役時に授けられる。
のだが、屋敷や領地はその限りではない。
それは自ら手当てする物。
退職金と貯蓄を切り崩して得る物。
そこで最も手っ取り早いのは自ら人を集め、
何処かの寄親伯爵の許可を得て村を開拓し、そして領主に収まる。
領地を持つという事は、次の世代への爵位継承を意味する。
野良の場合は継ぐべき領地がないので、一代限りとなる。
それでも野良で構わないと思っている者達が一定数いた。
それが意味する所は、お貴族様への幻滅・・・、ではなかろうか。
俺は先の話に戻した。
「イマン・ホーンという女に心当たりは」
関係者の最後の一人だ。
クリトリー・ハニーの紹介で伯爵邸を訪れた女。
肝心の、『ジイラール教団』の紋様が入った契約書を持参した女。
それにクラークが愛想よく応じた。
「耳にした覚えはねえな。
まあ、女はともかく、教団には関わりたくねえよ。
斧で頭をかち割られるのは御免だ。
・・・。
教団の関係者だろうが、隠れ蓑を使ってる節があるな」
サンチョが首を捻りつ、口を開いた。
「確かに隠れ蓑を使ってるのかも知れませんな。
表だって教団の名前は出し難いでしょうし、もしかすると、
ペイン商会かハニー商会が隠れ蓑ですかな。
これは今後は注意しませんと」
二人に期待していた訳ではないが、それでもガッカリだ。
でもそれは口にしない。
少ないが、収穫があったのだ。
それも全く予想していなかった収穫が。
【ダンジョン酒】の威力を目の当たりにした。
不愛想なクラークが豹変した。
それだけで良しとしよう。
後はアリスとハッピーが頼りだ。
頑張って尾行してくれ。
俺は去り際に、二人が深入りせぬ様に釘を刺した。
「今夜、名前を出した三人と教団には近付くな。
巻き込まれたら碌な事にはならん。
だから忘れてくれ」
サンチョが尋ねた。
「調べなくても良いのか」
「別口も調べている」
サンチョが室内を見回した。
「ああ・・・、そうか」
アリスとハッピーの不在に気付いて、納得した。
クラークも何も言わないが、頷いた。
夜遊びの影響でちょっと寝不足。
廊下を走る足音で起こされた。
誰だ、廊下を走る奴は。
その足音が近付いて来た。
俺の部屋のドアが激しくノックされた。
「子爵様、大変です」
従者が大きな声で呼ばわった。
通常ならメイドの一人が起こす役割。
それが従者のスチュアートとは。
珍しい事だ。
何が起こった。
俺はベッドから足を下ろした。
「入って良いよ」
乱入する様にスチュアートとメイド・ジューンが飛び込んで来た。
スチュアートが俺の傍に寄った。
「木曽から使番が参りました」
ジューンが窓を開けた。
「下に見えます」
俺は窓から外を見下ろした。
我が目を疑った。
意外な奴が庭先を走り回っていた。
魔物のダッチョウだ。
鳥の種から枝分かれした魔物で、武器は蹴り足と、鈍器の様な嘴。
木曽でイライザにテイムされたチョンボに違いない。
走り回るチョンボを取り押さえようと、イライザが奮闘していた。
「グワグワッ」
「待ちなさい」
「クッチョー、グッチョー」
「待ちなさいったら」
そんな馬鹿な。
テイムされたとはいえ、2メートル近い従魔が国都に入れるのか。
犬猫サイズのテイムされた従魔は見掛けた事はあるが、
人間サイズを超えるのはお初だ。
もしかして外壁を超えて来たのか。
だったら不法侵入だろう。
まあ、イライザとチョンボの組み合わせなら有り得るか。
まったく面白くなったものだ。
「落ち着いて下さい」
ジューンが俺の着替えを手伝ってくれた。
一人でも着替えられるのだが、それをするとメイドの仕事を奪うことになる。
だから、この齢になっても、急ぎであっても、着せ替え人形。
雨が降ろうが槍が降ろうが、常にお貴族様。
落ち着きが求められた。
着替え終えると洗面と歯磨き。
それでようやくジューンに開放された。
「いってらっしゃいませ」
また朝食は頂いていないんだが、まあいいか。
俺はスチュワートを共に階段を下りた。
玄関口で執事・ダンカンが待ち構えていた。
俺に竹筒を手渡した。
「木曽代官のカール様からです」
俺は封を切り、中の書状を改めた。
今回の美濃寄親伯爵の一件だ。
ただ、原因が不明なだけに、要領を得ない書き方になっていた。
俺は玄関を出る前に大事な事を聞いた。
「イライザは正規の手続きをして入門したのか」
ダンカンが苦笑いで応じた。
「東門からの要請でチョンボ護衛の兵を五名出しました。
しっかり見張ってくれとの事です」
俺は玄関を出た。
外は朝から喧しい。
チョンボが走り回り、それをイライザが追い掛けている。
その様子を手空きの使用人達が呆れた顔で見守っていた。
俺はイライザを呼んだ。
声に気付いてイライザが振り向いた。
俺とチョンボを見比べた。
さあ、どっちにする。
諦めた様な顔。
俺の方へ駆け寄って来た。
踵を揃えて敬礼した。
「子爵様、申し訳ございません。
見っともない所をおみせしました」
「朝から大変だね」
「はい、躾に苦労しています」
「相手は魔物だからね。
ところで念話で使役できないの」
「都合が悪いと無視するのです」




