(大乱)76
クラークは俺の言葉に応じない。
ジッと酒瓶を見ていたが、やおら身体を持ち上げた。
何やら小さく呟きながら、部屋の片隅の流しに歩み寄った。
棚からグラスを取り出した。
酒瓶の封を切った。
慎重な手並みでグラスに酒をちょっと注いだ。
目と鼻が・・・、魔力を集中しているようだ。
注がれる酒の色を検分するように観察し、匂いを嗅ぐ仕草。
俺とサンチョは黙ってそれを見ていた。
クラークの性格は理解してが、今回はそれにも増して・・・、怪しい。
一体なにを・・・、偏屈だけでは飽き足りずに、偏執にラクンアップか。
「美味い、絶品だ」
軽く一口飲んだクラークが発した言葉がこれ。
それから嬉しそうな顔でグラスをかざし、残りを味わいながら、
一口、二口、三口、ついに飲み干した。
空にしたグラスを俺に向けた。
「この酒はダンジョン産か、だよな」
滅多に出ないから「幻の酒」と呼ばれる希少品。
冒険者ギルドで棚ざらしになっている依頼品の一つだ。
幸い俺はダンジョンマスター、何時でも入手できる。
でもそれは口にしない。
「たまたま手に入れた物だ」
「次も手に入ったら言い値で構わん、俺に売ってくれ」
クラークの愛想笑いを初めて見た。
もしかして酒毒に犯されたのか。
サンチョが立ち上がった。
クラークの方へ歩み寄った。
それに気付いたクラークが空になったグラスに酒を注いだ。
無邪気な顔でグラスをサンチョに差し出した。
受け取ったサンチョが酒の匂いを嗅ぎ、一口・・・。
口にした途端、表情を変えた。
驚愕。
今にも目玉が零れ落ちそう。
急ぐ様に残りを飲み干した。
「確かにダンジョン産だ」
「だろう」
サンチョがクラークと顔を見合わせた。
それから俺を振り向いた。
「これをどこで」
お前もか、サンチョ。
「二人とも落ち着け。
毎回は無理だが、手にいれる方法はある。
次も手に入れたら持ってこよう」
クラークが身を乗り出した。
「どうやったら手に入れられるんだ」
俺は正直に答えた。
「人柄かな。
だから宝箱から出る」
ダンジョンの宝箱からは何が出るかは分からない。
下層の方が希少品が出る確率は高いが、あくまでも確率。
決まりではない。
上層でも偶には出る。
それを冒険者は、ダンジョンマスターの悪戯、気まぐれと言う。
俺は酒は鑑定していない。
怠っていた訳ではない。
・・・高が酒、酔う為の物、そう思っていた。
それを人は、怠っていたと言うのかな。
釈明すれば、ダンジョンスライムが造るので、
それ相応の物とは認識していた。
鑑定した。
【ダンジョン酒】、何の捻りもない名前。
万薬之長。
香ばしい。
飲んで良し。
酒毒にはならない。
ただし、服用のし過ぎには要注意。
し過ぎると嘔吐して自動調整する。
体内の毒を洗い流す。
外傷にも良し。
・・・酒か、ポーションか、区別に悩む。
サンチョに尋ねられた。
「アンタはどこのダンジョンに潜るんだ」
そう言えばダンジョンマスターは攻略したが、
本格的にダンジョンそのものに潜った事がない。
「それは秘密だ。
それよりもだ、本題のパム・ペインに戻ろう。
酒は手に入れたら次も持って来る。
だから今はパム・ペインだ」
サンチョがクラークを見遣った。
応じてクラークが真顔で俺に尋ねた。
「パム・ペインをどうするんだ」
「どうするかは決めてない。
今必要なのは情報だ」
「スラムには棲み分けがある。
その辺りの事情は分るよな」
「貧民や鼻つまみ者が棲む辺りと、上客を招き入れる辺りだな」
上客は二つ、つまりお貴族様に富裕者。
彼等の為の歓楽街がスラムにある。
飲食街、娼館街、カジノ街、大きく分けると主にこの三つ。
そこの治安はスラムの犯罪組織・ファミリーが担保しているので、
女子供でも安心して歩けた。
万が一、迷って貧民が足を踏み入れると、たちどころに叩き出される。
犯罪目的の者は簀巻きにされ、地下水路に流される。
国都では王宮に次いで安全な場所かも知れない。
「西区のスラムの貸金業者だ。
形としてはファミリー傘下だ。
だが、誰が金主なのかが不明だ。
ファミリー直参ではなく、外部の誰かが金主ではないかと噂だ。
とにかくファミリーの者はパム・ペインを邪険にはしない。
それだけの後ろ盾があるということだ。
おそらく奉行所か、それ以上だな」
酒毒が回ったのか、珍しくクラークから言葉が発せられた。
「次はクリトリー・ハニーだ。
何か知ってるか」
またもやクラーク。
「こいつも西区だ。
借金取り立て業者だ。
噂では、パムの情婦ではないかと言われている。
その辺りの真偽は確認していない。
まあ、とにかく癖の強い女だそうだ。
・・・。
分んだろう。
俺達はそんな自由に外に出られん。
だから何もかも中途半端になる」
二人は奉行所から指名手配を受けている。
だけでなく、賞金もかけられている。
もっとも、スラムの凄腕の悪党として認識されているので、
二人を狙う命知らずはいない。
俺はもう一つ尋ねた。
「『ジイラール教団』については何か知ってるか」
クラークが即座に喰い付いた。
「山岳地帯の先にある北域諸国で大反乱を起こした宗教団体だろう。
ジイラール様を信じよ、信じよ、とか言って。
あれは二百年前くらい前だったかな」
思い出した。
「クラーク、お前はその北域諸国からの流れ者だったな」
「ああ、昔の話だ」
「お前もそこの信徒か」
「まさか、俺は善人だ。
冥王・ジイラールなんて信じちゃいねえよ。
それにな、あの教団は滅ぼされた。
各国に追討され、本拠は更地にされた」
「それがこの国で生き延びているようだが」
「宗教としてではなく、暗殺教団としてだな。
危ない連中ばかりみたいだ。
聖書と麻薬、殺しで生活している。
まあ、俺達とは無縁だ。
お知り合いにはなりたくねえな」
「アジトは」
「知るかよ、近付きたくねえよ、連中には」
嘘ではないらしい。
俺は虚空から小物を二つ取り出した。
それを二人の手元に風魔法で飛ばした。
受け取った二人は怪訝な顔。
俺は説明した。
「見た通り、銀板のタグだ」
これもダンジョン産。
文字通り【銀板のタグ】、まだ何も刻まれていない。
ダンジョンスライムがどうして、これを造ったかは知らない。
銀板は貴族を証明する物。
俺は二人に尋ねた。
「知り合いに加工できる奴はいないか」
サンチョがタグを見ながら口を開いた。
「いる、そいつに頼むか」
クラークが表情を崩した。
「加工すれば貴族として自由に外を出歩ける訳か」




